鹿島神宮(11)-香島大神

明日・明後日(9/1・2)は鹿島神宮はお祭りのようですね。
先日訪れた時にはあちこちに紙が貼られていました。

 1300年前にまとめられた常陸国風土記の「香島郡」については次のように書かれています。

「難波の長柄の豊前の大宮に天の下知ろし食しし天皇(孝徳天皇)の御世の、大化五年に、大乙上 中臣子、大乙下 中臣部兎子らが、惣領 高向大夫に申し出て、下総の海上国造の領内である軽野より南の一里と、那賀国造の領内である寒田より北の五里とを引き裂いて、この二つを合併し、新たに神の郡を置いた。そこに鎮座する天つ大神の社(現、鹿島神宮)と、坂戸社と、沼尾社の三つをあはせて、香島の大神と称する」

 これが香島郡の起こりだと言うのです。兎上(海上)国の一部(一里)と那珂(仲)国の一部(五里)を合併して中臣氏などの治める地(神郡)としたようです。

中臣氏は藤原氏の祖です。

この鹿島郡が神郡(かみのこおり/しんぐん)として成立したのは大化5年(649年)とされています。

神郡は普通の郡とは違い、神社が治めている神の地域のことで、延喜式(927年成立)に書かれた神宮という称号を持った3つの神社(伊勢神宮、鹿島神宮、香取神宮)の領域が最初(649年)に神の郡として定められたようです。

その後、各地に神郡が出来てきたが、大社と呼ばれる主な場所は次の7つです。諏訪大社を入れれば8つか?

伊勢神宮:伊勢国度会郡・多気郡・飯野郡・(員弁・朝明・三重・安濃・飯高)
鹿島神宮:常陸国鹿島郡
香取神社:下総国香取郡
安房神社:安房国安房郡
日前神社・国懸神社:紀伊国名草郡
熊野神社・杵築(きづき)大社(出雲大社):出雲国意宇郡
宗像大社:筑前国宗像郡

伊勢神社の神郡は649年の成立後、渡相郡・竹郡に分割(後に度会郡・多気郡と改称)され、664年に多気郡から飯野郡を分割。その後徐々に追加され、員弁(940年)・三重(962年)・安濃(974年)・朝明(1020年)・飯高(1185年)が追加され「神八郡」となった。

このように、律令制時代から税の重圧に悩むところは、神の領地に入りたいところは続出したようです。

江戸時代になってからもこれらの神域に御朱印を与え、保護されてきました。

伊勢神宮(42000石)、春日大社(22000石)、日光東照宮(10000石)、石清水八幡宮(6757石)、出雲大社(5000石)、駿河東照宮(3000石)、加茂御祖神社(2700石)、住吉神社(2116石)、鹿島神宮(2000石)、大宰府天満宮(2000石)、宇都宮二荒神社(1700石)、新宮惣社(1320石)、津島神社(1293石)、金峰蔵王神社(1013石)、香取神宮、戸隠神社、諏訪神社、南社宮、熊野三社、宇佐八幡宮(それぞれ1000石)など。

神郡の歴史などはまた掘り下げるとして、今回は鹿島神宮の成立時にこの地に鎮座する天つ大神の社、坂戸社、沼尾社の三つをあはせて、香島の大神としたとあります。

このため、今の鹿島神宮の場所にあるのは「天つ大神の社」であったということになり、これが先日書いた「三笠神社」なのでしょうか?

では神の郡としてまとめて論じられている鹿島神宮の2つの摂社「坂戸社」「沼尾社」を見ていきたいと思います。
この2社は現在も存続していて「坂戸神社」と「沼尾神社」として祀られています。

この3つの神社の位置関係を下に示します。

kasima3.jpg

この3つの神社はほぼ一直線に並んでおり、鹿島神宮の本殿の向きとほぼ一致しています。

それぞれの神社はそれほど立派なものとはいえませんが、古代からの深いつながりが保たれ、神秘的な雰囲気の場所です。先日訪ねてみましたのでこの後から紹介します。

この祭神については、少し気になります。

鹿島神宮:武甕槌(タケミカヅチ)神
沼尾神社:経津主(フツヌシ)神
坂戸神社:天児屋命(あめのこやねのみこと)

ご存じの通り沼尾神社の祭神である経津主は香取神宮の祭神です。

そして、鹿島神宮の本宮と言われるものが、今の奥宮のところに建てられていたそうです。
徳川家康が鹿島神宮の本殿を寄進し、その後その本殿を奥宮に移したのですが、前からあった本宮はこの沼尾神社の社殿となったと言われています。
それだけ、鹿島神宮とは関係が深い神社です。

ではもう一つの坂戸神社の天児屋命とはどんな神様なのでしょうか?

天岩戸に隠れてしまった天照大神が岩戸を少し開けた時に鏡をさしだした神様だそうです。
児屋(こやね)とは託宣の神の居所だそうです。
それよりもこの神が中臣氏の祖といわれ、春日大社にも祀られて「春日権現」とも呼ばれているのだそうです。

鹿島神宮が中臣=藤原氏の東国における拠点であるのは間違いのないところだと思います。

藤原鎌足(中臣鎌足=中臣鎌子)の父と言われる「中臣御食子(なかとみのみけこ)」はこの鹿島神宮の神官をしていたということの信ぴょう性はかなり高いようです。

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鹿島神宮 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2013/08/31 17:43
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