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鹿島神宮(5)-要石

 常陸国は昔から地震が多い土地とされている。
しかし、大きな被害が起きていないとされてきた。

そのため、この鹿島神宮の祭神(武神)タケミカヅチが日本列島で地震が起こる元凶とされるオオナマズを要石で押さえつけているからだといううわさが広がった。

ナマズが騒ぐと地震になると言うのはそんなに古い話とは思われない。多分江戸時代になってからいつの間にか広まっていったものだと思う。

奥宮から右手に曲がって要石の方向に進むと、鹿島の神が大ナマズ頭を剣で押さえつけている石板がおかれています。

このまま真直ぐ行くと要石へ、右に曲がると東雄桜の方に行きます。

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「揺ぐともよもや抜けじの要石、鹿島の神のあらん限りは」

これは江戸時代の末期安政の大地震(1855年)で江戸は大騒ぎになります。

ペリーが黒船で浦賀にやって来て、日米和親条約が結ばれた後にすぐ「東海地震」「南海地震」と続きました。
そこに江戸中がひっくり返るほどの安政地震です。
もっとも安政というのも災害が続いたので年号を変更したものです。

地震が起こったのが10月=神無月であったため、神様が留守にしたために地震が起こったという話がもちきりとなりました。

地震お守りの札が江戸の町で飛ぶように売れたようです。
その時のお守りの一部を下記に参考に載せます。

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参考までに、私のホームページに「鹿島神宮の要石の謎」というテーマでむかし記事を書いています。(こちら

また香取神宮の要石はこちらでブログに載せました。

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ここが鹿島神宮の要石の場所です。小中学生の子供たちがやって来ていましたが、「なんだ?」というような顔をしていました。

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それはそうですよ。単にこれくらいの石が顔を覗かしているだけです。
水戸黄門さんが7日かけて掘らせたが、そこが大きな石であきらめたとか。

どこまで本当化はわかりませんが、鹿島と香取の要石が底でつながっているなどと言うことも言われています。
でも確認は一度もされていないようです。

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「大地震(おおなゐ)にびくともせぬや松の花  一茶」

大地震と書いて、昔は「おおなゐ」と読んだようだ。

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芭蕉句碑 「枯枝に鴉(あ)のとまりけり穐(あき)の暮」

何故この句がこの要石のそばに置かれているのかは不明でした。

でも枯枝にカラスがとまっている秋の夕暮れの風景がこの場所に合うということなのでしょうね。

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鹿島神宮 | コメント(1) | トラックバック(0) | 2013/08/19 19:42
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