小高散策(6)-於下鬼子母神

 行方市の国道355号線沿いに、旧麻生町市街に入る手前の於下(おした)地区に古びた立て看板が置かれている。

まあ通るたびに気にはなっていたが近くにすぐ車を止める場所もないので通過していた。
こんど小高地区を取り上げたのでここも見ておきたいと手前に車を止めて少し歩いて見に行ってきました。

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「於下の鬼子母神様(おしたのきしぼじんさま)」と書かれていました。

茨城の古い神社などを訪ねることが多いのですが、鬼子母神が祀られているところはあまり知りません。
日蓮宗などでは祀っているようですが・・・。

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説明は文字もよく読めませんが、何とか読んでみると

「創紀は不詳だが、元禄年間に徳川光圀がこの地を巡視の時に・・・・・(よく読めない)・・・。明治20年社前の小沼・・・さんがこの地を譲り受け祭礼を怠らず奉仕・・・」

まあ、江戸時代初めにはあったようで、それから細々と続いていたが、明治になり小沼氏(この神社の裏手の家か?)が代々これを守ってきたというようだ。

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100段程の石段があるが、崩れそうでかなり危なっかしい。
石段の登り口すぐに「ザクロ(柘榴)」の木があった。

鬼子母神であるからザクロが植えられているのだろう。

鬼子母神(きしもじん)は江戸時代には安産・子育てに御利益があると各地で祀られていますが、元々はインドの夜叉神の娘で、多くの子供を産みました。しかし近くの幼児をとらえて食べてしまうと言う恐れられたのだそうです。
それをお釈迦様が救ったのです。

今までの事を悔い改め、釈迦に従うことを誓い、安産子育ての神様になったのです。

ザクロは種が多いので吉祥果とされ、多産、豊穣の象徴とされています。

このため鬼子母神は吉祥果(ザクロ)を手に持っているのだそうです。

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この鬼子母神がどのようないきさつで祀られるようになったのか全く分かりませんが、日蓮宗や法華宗など法華経の守護神だそうです。

江戸三大鬼子母神として「入谷の鬼子母神(真源寺)、雑司が谷の法明寺鬼子母神堂、市川市の遠寿院(法華経寺塔頭)の鬼子母神」などの信仰がどのように伝わってきたのかを知る一つのものなのかもしれなません。

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けっして有名な場所ではないけどその場所で祀られ代々続いて信仰されたお宮のような場所には、やはり昔をしのばせる何かがあるようです。

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小高散歩 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2013/10/28 20:19
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