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境稲荷神社(行方)

 行方市の玉造から小高の間にある旧道沿いの神社を訪ねた。

一昨日は井上神社を取り上げたのでその近くを散策してみました。

街道沿いの手賀地区手前にある「境稲荷神社」を紹介します。

特に注目される歴史も書かれたものがありません。何時頃からあるのでしょうか。

まあ、興味のない方が多いでしょうが、こんなところも覗いてみると何か見つかるかもしれません。

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355号線に平行に走る旧街道の通り沿いに緑の多い小山があります。

その麓に「境稲荷神社」と書かれた石柱と上の方に赤い鳥居がみえます。

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この石柱の神社の名前を書いたのは「官幣鹿島神宮宮司富岡・・・」と書かれています。

この辺りも鹿島神宮との関係が強いのでしょうか。

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この森(横須賀地域)は茨城県の「自然環境保全地域」に指定されているようです。

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神社の建物は下から見えている鳥居よりはだいぶ上にあるのです。

途中から下を眺めると遠く霞ヶ浦が見渡せます。

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神社の建物は比較的簡素な木造の建物です。

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稲荷神社と言うのですが、狐は置かれていません。

神社の建物や奉納の絵には蛇が彫られていたり、描かれています。

白ヘビ信仰でしょうか?

正一位稲荷神社となっていますのでここも伏見稲荷から勧請を受けたのでしょう。

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この玉造町横須賀には、幕府の勤王の志士も宿泊した私塾『霞浦軒』があったといいます。

『安政の大獄』の犠牲者頼三樹三郎(頼山陽の三男)は、柴田勝家の末裔の営む塾庵『霞浦軒』を宿に若者たちと語り、吉田松陰もまた水戸への旅すがらこの地を訪れ、日記に芹沢村の郷稗蔵を書き記したとあります。



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玉造 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2013/10/31 18:24
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