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恋瀬橋と6号バイパス

 今日はクリスマス。
昨夜はイブであったが、今は子供も離れているので祝うこともなかった。
子供が小さな時は仕事も忙しく、毎晩夜中の帰宅でクリスマスも子供のプレゼントだけが楽しみなことだったように思う。
我が家の3人の子供に夜中にそっとプレゼントを枕元においてサンタさんを演じていた。
比較的大きくなるまで子供たちもサンタさんを信じて楽しみにしていた。
朝起きた時のうれしそうな顔を見るのが楽しみだった。

 その子供たちも大きくなり、来年春には末の息子も社会人。
どうにか親の責任を果たしたことになるかな?

昨日、府中城を名古城といった赤穂の山鹿(やまが)素行の話を紹介しました。
また今夜テレビで赤穂浪士が放送されるとか。
その中で、大石内蔵助が討ち入りの時に打ち鳴らされる太鼓は「山鹿流陣太鼓」と言われて、どのドラマ、演劇などでも必ず使われます。
これは山鹿素行の山鹿流兵法に由来しているのですが、実際にはこのような陣太鼓はなかったそうです。
後の創作ですね。でもこれがないと話がしまりませんね。
討ち入りは12月14日ということですが、今の暦(西暦)では1月30日とのこと。
和歴が西暦(太陽暦)に変わったのは明治5年12月3日で、この日が明治6年1月1日になったそうです。
ですから昔は月の動きがとても大事だったのですね。
人々も敏感に月の満ち欠けなどを気にしていたのでしょう。

 今日は朝から天気が良いので恋瀬橋に筑波山を見てみたくなり8時半頃出かけてきた。

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ここからの筑波山の眺めはいつ見ても素晴らしいですね。

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しかし、この橋の東側は現在6号バイパス道路という名の道路と橋の工事中です。
現在は橋の陸上部の土台となる土盛りができて、しばらく風雨にさらして固まるのを待っているところのようです。工事再開はもう少し先なのでしょう。

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新しい橋は青(緑)色に塗られて川の水の上だけはすでに架けられています。
橋の反対側(東側)に回ってみると橋の上に筑波山が見えました。

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この橋の北東側(下り方向)は舟船塚山古墳や中津川遺跡の方向です。
古代(縄文・弥生時代)の豊富な遺跡の残る貴重な場所なのです。
毎年のように調査が繰り返されていますが、その都度新しい発見があるような場所です。
遺跡が壊されないかとても心配です。

道路ができれば、恋瀬橋の混雑は解消されるでしょう。
しかし、石岡と言う古都は益々衰弱してしまうのではないでしょうか。
仕事量が増え、暮らしに役立つという見方も当然あります。
同時に、将来を見据え、子供たちが笑顔がはじけるような町作りを進めてほしいですね。

 この続きはまた明日書きます。

街中の様子 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2010/12/25 18:20
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