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大洗磯前神社(3)

 今日は満月です。それも最も小さい(地球との距離が最も遠い)そうです。
暗くなった5時半頃に東側の方にオレンジ色の真丸な月が現われるとその美しさに寒さも忘れて眺めていました。



大洗磯前(いそさき)神社は那珂川を挟んだ北側にある酒列磯前(さかつらいそさき)神社と二つは対になった神社と言われている。

この二つの共通点はその祭神が共に大国主神と少彦名命で神話では日本の国造りを成し遂げた神と言われている。

もう少し各神社のホームページなどで調べてみると

・大洗磯前神社:大己貴命 少彦名命・・・だいこく様と医学の祖神
・酒列磯前神社:少彦名命 大己貴命・・・医療医学の祖神とだいこく様

このように主祭神が逆になっているだけで、同じ神様を祭っています。

謂れとしては(酒列磯前神社のHPより)、「『文徳実録』によると、文徳天皇の斉衡3年(856年)12月29日に常陸国鹿島郡大洗磯前に御祭神大己貴命・少彦名命が御降臨になり、塩焼き(塩を精製する者)の一人に神がかりして、「我は大奈母知、少比古奈命なり。昔此の国を造り訖へて、去りて東海に往きけり。今民を済わんが為、亦帰り来たれり」と託宣され、当社「酒列磯前神社」が創建され、また現在の東茨城郡大洗町には「大洗磯前神社」が祀られました。」
と書かれています。

そして、大洗磯前神社に書かれている説明を読んでみました。

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大洗磯前神社の説明板です。どうですか不思議に思いませんか?
どうもおかしなことが書かれているのです。

大国主(おおくにぬし)が七福神のインドの神であるだいこく(大国)様と一体化して祀られていることはよくありますが、少彦名(スクナビコナ)が恵比寿様というのはあまり知りません。

この地が漁業が盛んであり大漁船に飾られる恵比寿様といつのまにか一体化しているのです。


 さて、二つの神社の位置関係について少し気になりましたので、例によってFlood Mapsを使って海面の高さを+7mで地形を見てみました。

ここには前にも書きましたが涸沼と那珂川の下流が一体となった大きな汽水湖が出現します。

これは霞ヶ浦が昔、香取海とか流海と呼ばれていた大きな内海であった時にその入口の両側に「鹿島神宮」と「「香取神宮」が置かれたのと良く似ています。

isosaki.jpg
(Flood Maps 海面を現状+7mで表示)

さて、「常陸国風土記」の香島郡のところに香島郡の北限は「阿多可奈湖」があり、この北が那賀郡だと書かれています。
「阿多可奈湖」は「アタカナコ」ではなく「アタカナノミナト」と訓むのが通説だとの説明もありました。
そしてこの阿多可奈湖の場所が涸沼説と那珂港説(ミナトと訓ませるのはこのためか?)とがあるのだそうです。

でもこのFlood Mapsを使って表した地形にはくっきりとこの阿多可奈湖が出現するのです。

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古事記や日本書紀ではこの少彦名(スクナビコナ)はオオクニヌシが国造りが思うように進まず出雲の海岸に立って、沖を眺めていたら、波の彼方から天乃羅摩船(アメノカガミノフネ)(ガガイモの実)にのってこの小人のようなスクナビコナがやってきます。

しかしこのスクナビコナは言葉がわかりませでしたので渡来人と思われるのですが、大国主と力を合わせて国造りを行います。
それに医学の知識が豊富で温泉(道後温泉もスクナビコナが掘りあてたとされる)を広め、さらに酒造りもこのスクナビコナが教えたとされます。

当時とても文明の進んだ土地からやってきた人物なのでしょう。そして国造りが終わると和歌山の加太神社(淡島神社)にいって、稲穂によじ登ってその弾力ではじけて常世の国に飛んで行った事になっています。

この常世の国がここ常陸の国と考えればつじつまが合います。

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この二つの神社以外にはこの那珂川を上って行ったところにある「阿波山上神社」にもこの少彦名が神社のご神木に舞い降りたといわれています。

昔の桂村(今の城里町)の粟と言われている場所です。
那珂川のことは常陸風土記では「粟川」と書かれています。

IMG_0171s.jpg

この大国主と少彦名は、鹿島神宮や香取神宮などとは違って出雲系の神様でしょう。

でも粟=阿波=安房などと考えれば黒潮に乗ってやってきた四国の阿波忌部氏(布佐、総、麻など・・・)との関係は?

昔どのような国造りが行われてきたのでしょうか。

争いなどなかった縄文人たちはどのように弥生人と同化していったり、佐伯(逆らう人たち)とされて追われていったりしたのでしょうか。

興味は尽きませんが、わからないことばかりです。

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水戸・茨城・ひたちなか | コメント(2) | トラックバック(0) | 2014/01/16 20:51
コメント
恵比寿さん?
おはようございます。
恵比寿さんと言えば、普通はコトシロヌシですよね。
ちなみに、スクナビコナがやってきた「御大の岬」は現在の美保関の事と言われ、そこにはコトシロヌシを祀る美保神社がありますよ。混同されたのではないでしょうかね?
ややさん
こんにちは。
スクナビコナは前にややさんの「静之窟」の記事が印象的でした。
昔学生時代に美保関で「関の五本松」に行ったことがあります。
もう松も残り少なくなり面影もなかったくらいでしたが、少彦名もこの辺りにやってきたのでしょうか。

関西では恵比寿さんも「エベツサン」というようで商売繁盛の神様として親しまれているようですね。
ということでこの辺りは大漁を願って江戸時代に片方が大国さんだからもう一方は恵比寿さんと誰かがいいだしたのでしょうね。

こんな場所もあると言うことで紹介しました。
ややさんにも読んでいただけたようでうれしいです。

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