粟野春慶

 那珂川は常陸国風土記では「粟川(あわがわ)」と書かれています。
そしてこの粟(あわ)と今でも地名が付いているところが旧桂村(現城里町)にあります。

常陸国府であった石岡から真直ぐ北上する(石塚街道)と城里町(旧城北町)石塚に到達しますが、ここから巨大な崖があり一気に下ってこの粟、圷(あくつ)などの地名の場所に至ります。

この場所には「阿波山上神社」「親鸞の大山草庵跡」「徳蔵寺」「大山寺」「悪路王面のある鹿島神社」など興味深い場所があります。

しかし、興味のない方には特別に見るところもない平凡な地域に違いありません。

その街道沿いに「粟野春慶」と書かれた黄色い看板がある家があり、前から気になっておりました。

街道沿いであり車を停めるスペースもないので、今まで何度も前を通りましたが何時も通過しておりました。

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そうです。「春慶」ってあの春慶塗りのことです。
でも私の知っているのは飛騨高山の春慶塗りです。

そこで少し調べてみました。

飛騨春慶、能代春慶(秋田)、粟野春慶(茨城)を日本三春慶と言っていると載っていました。
その他に各地に春慶塗りが存在しているようです。

その始まりもいろいろな説が合ってどうもどれを信じて良いかがわかりません。

しかし、この三春慶で最も古いのがここの茨城県の旧桂村の粟野春慶なのだそうです。

500年以上前の1489年(室町時代)に稲川山城主・源義明がこの地で始めたもので、御前山で採れる堅い檜を使っているのだそうです。

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18代とありますが、現在は息子さん(19代)が立派に後を継いで2人で重箱・お盆・弁当箱などを制作しているそうです。

制作している物などを展示していないかと思ったのですが作業所らしきところも閉まっておりました。
城里町のHPでは小売りの店舗卸はしていないので直接注文が多いようです。


秋田の能代春慶は秋田音頭にも歌われている秋田名物と言われていますが、こちらは約300年ほど前に始まった者のようです。また伝統工芸を継承する人がいないため、現在この継承者育成などの活動がされていると言います。

飛騨春慶はもちろん有名なようですが、始まりは1606年(慶長11年)だそうですのでやはり粟野春慶が最も古くから続いていることになります。

意外と知られていない物がありますね。



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城里町 | コメント(2) | トラックバック(0) | 2014/01/21 19:59
コメント
No title
こんにちは・・・<(_ _)>
寒中お見舞い申し上げます・・・。
Roman様へ・・・。
私、茨城にも塗り物が、ある事は、知りませんでした。
塗り物と言うと、蒔絵の美しさ、金箔の煌びやかさ、
色物の艶やかさ・・・甘美の世界に連れ込まれそうな雰囲気が、ありますね・・・。
私も、仕事柄芸術的な作品を見たり、触れたりする事もあるのですが、この春慶塗も勉強の為に観たいです。
Romanさん取材ご苦労様です・・・m(__)m。
閉めになりますが、お身体御自愛下さい。
では・・・v-22

たまこ様
こんばんは。

> 私、茨城にも塗り物が、ある事は、知りませんでした。

あまり聞かないですよね。

> 塗り物と言うと、蒔絵の美しさ、金箔の煌びやかさ、
加賀金沢の方に行ったりすると魅入ってしまいますよね。
また津軽青森の馬鹿塗り・・・ 素敵ですよね。

> 私も、仕事柄芸術的な作品を見たり、触れたりする事もあるのですが、この春慶塗も勉強の為に観たいです。

今度どこかのお店にでもあるかもしれませんので探してみますね。

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