諏訪大神(小見川下小堀)(2)
昨日356号線(利根水郷ライン)沿いの旧小見川町(現香取市)下小堀地区に鎮座する諏訪寺大神(諏訪神社)を紹介しました。
今日はその境内に置かれた石碑などを紹介してみたいと思います。

神社の社殿の裏手にいくつかの像や石碑などがおかれています。

まずは青面金剛と三猿(見ざる・言わざる・聞かざる)の庚申塔です。

これが三猿です。
こうして古い神社などを見て回っていてときどき見かけるようになりました。
庚申塔は「庚申」の文字を刻んだものも多く、道端に置かれたりしていますが、このように青面金剛像と三猿を彫った石塔は江戸初期から中期に多いようです。
この思想は中国の道教によるもので、人間の体には三尺(さんし)という小さな虫が三匹棲んでおり、60日ごとに訪れる庚申の日にその人した悪事を天帝に知らせるために体から抜け出すのだそうです。
そのため庚申の日にはこの三尺が抜け出さないように徹夜で見張るのだそうです。
でも現実としては皆で夜に集まって酒を飲んだりして夜を過ごす庚申講があちこちで行われました。
そして何回かこの庚申講が無事に行われると、庚申塔を作って祀るようになったのだそうです。
酒を飲んで起きているなんて悪事の一つになりそうですよね。

次は「大乗妙典六部日本廻国供養碑」です。
これは石岡にもあり前に説明しています。(こちら)
六十六部(単に六部ともいう)といわれる人たちが妙典(法華経)を全国各地にもっていって奉納した時に、それが成就したことを記念して立てたものでしょう。

上の写真の左の石碑は「月山・湯殿山・羽黒山」と彫られています。
明治になるまではこの修験者の修行の山と言われた出羽三山の信仰がかなり強かったことがうかがわれます。
各地でこの三山が彫られた碑が置かれています。
神仏習合の権現を祀っているのだといいます。
Wikipediaを見て見ると
・月山神社:月山権現(月読命)、阿弥陀如来(仏)
・羽黒山神社:羽黒権現(伊氐波神・稲倉魂命)、正観世音菩薩(仏)
・湯殿山神社:湯殿山権現(大山祇神・大己貴命・少彦名命)、大日如来(仏)
となっています。
さて、右側の像は如来か菩薩のようでもありますが天女でしょうか。

これは「石尊大権現碑」です。
山に登る時に「六根清浄(ろっこんしょうじょう)」といって登ることが昔はよくありました。
山の上には山の権現(大きな石)が祀られていて、これに詣でることから山に登っていたのでしょう。
特に石尊大権現は丹沢の大山(おおやま)に祀られている「阿夫利神社(あふりじんじゃ)」を詣でる信仰が石尊信仰の代表だったようです。
他の神社でも「阿夫利」という石碑を見かけたことは何度かあります。

これらの祠は境内社なのでしょうが詳しいことはわかりません。

この石碑には「中臣大被二力度?」と彫られているようなのだがこれは何だろうか?
良く分からない。
さて、この神社につて何もわからないが近く(八本)に他にも小さな「諏訪神社」がある。
ここには、永享年間に足利成氏に加勢しに来た、信濃の諏訪豊教(すわほうきょう)が1438年八本(はちほん)砦(八本字城)を築いたと書かれていた。
信濃の諏訪大社の神官である諏訪氏の一族が室町時代にこの地にやって来ていたようだ。
この神社もその頃に建てられたのだろうか?
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今日はその境内に置かれた石碑などを紹介してみたいと思います。

神社の社殿の裏手にいくつかの像や石碑などがおかれています。

まずは青面金剛と三猿(見ざる・言わざる・聞かざる)の庚申塔です。

これが三猿です。
こうして古い神社などを見て回っていてときどき見かけるようになりました。
庚申塔は「庚申」の文字を刻んだものも多く、道端に置かれたりしていますが、このように青面金剛像と三猿を彫った石塔は江戸初期から中期に多いようです。
この思想は中国の道教によるもので、人間の体には三尺(さんし)という小さな虫が三匹棲んでおり、60日ごとに訪れる庚申の日にその人した悪事を天帝に知らせるために体から抜け出すのだそうです。
そのため庚申の日にはこの三尺が抜け出さないように徹夜で見張るのだそうです。
でも現実としては皆で夜に集まって酒を飲んだりして夜を過ごす庚申講があちこちで行われました。
そして何回かこの庚申講が無事に行われると、庚申塔を作って祀るようになったのだそうです。
酒を飲んで起きているなんて悪事の一つになりそうですよね。

次は「大乗妙典六部日本廻国供養碑」です。
これは石岡にもあり前に説明しています。(こちら)
六十六部(単に六部ともいう)といわれる人たちが妙典(法華経)を全国各地にもっていって奉納した時に、それが成就したことを記念して立てたものでしょう。

上の写真の左の石碑は「月山・湯殿山・羽黒山」と彫られています。
明治になるまではこの修験者の修行の山と言われた出羽三山の信仰がかなり強かったことがうかがわれます。
各地でこの三山が彫られた碑が置かれています。
神仏習合の権現を祀っているのだといいます。
Wikipediaを見て見ると
・月山神社:月山権現(月読命)、阿弥陀如来(仏)
・羽黒山神社:羽黒権現(伊氐波神・稲倉魂命)、正観世音菩薩(仏)
・湯殿山神社:湯殿山権現(大山祇神・大己貴命・少彦名命)、大日如来(仏)
となっています。
さて、右側の像は如来か菩薩のようでもありますが天女でしょうか。

これは「石尊大権現碑」です。
山に登る時に「六根清浄(ろっこんしょうじょう)」といって登ることが昔はよくありました。
山の上には山の権現(大きな石)が祀られていて、これに詣でることから山に登っていたのでしょう。
特に石尊大権現は丹沢の大山(おおやま)に祀られている「阿夫利神社(あふりじんじゃ)」を詣でる信仰が石尊信仰の代表だったようです。
他の神社でも「阿夫利」という石碑を見かけたことは何度かあります。

これらの祠は境内社なのでしょうが詳しいことはわかりません。

この石碑には「中臣大被二力度?」と彫られているようなのだがこれは何だろうか?
良く分からない。
さて、この神社につて何もわからないが近く(八本)に他にも小さな「諏訪神社」がある。
ここには、永享年間に足利成氏に加勢しに来た、信濃の諏訪豊教(すわほうきょう)が1438年八本(はちほん)砦(八本字城)を築いたと書かれていた。
信濃の諏訪大社の神官である諏訪氏の一族が室町時代にこの地にやって来ていたようだ。
この神社もその頃に建てられたのだろうか?


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