太田神社(旭市)(2)
この香取市、東庄町、旭市などを巡って見るとあちらこちらに江戸時代からの相撲(角力)の話が残されている。
そもそも天保水滸伝で争った笹川繁蔵も飯岡助五郎も実際に相撲取りともなっているし、力が強かったのでこの地方で荒くれ者たちを束ねることが出来たのではないだろうか。
そんな思いも抱いていたら、この太田神社にも面白いものが置かれていた。

神社によくある力石だ。
江戸中期の安永9年(1780)にこの地方から江戸に出て商売をしていた4人の商人が大鳥居を奉納し、その基礎に使った石から2つを力石としたもの。
大きいほうが206kg(55貫)、小さいほうが135kg(36貫)あり、大きい方は今までに持ち上げたのは大正2年に城之内与吉
氏ただ一人だと言います。
もっとも今ではコンクリに固められてしまっていて持ち上げることが出来ません。

この太田神社で江戸中期から毎年「黒虎相撲」があるそうです。
黒はプロで虎は素人の事だそうです。
一時廃れていた時もあるようですが、また平成4年から復活して行っていると書かれています。(11月3日に開催)
土俵が見当たりませんでしたが、仮設の土俵がその時期に造られるようです。
また今では玄人(プロ)の相撲取りは来ないそうですので正式には黒虎ではないですね。
この神社の祭礼は7月に神輿・お囃子などでにぎやかに行われています。
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そもそも天保水滸伝で争った笹川繁蔵も飯岡助五郎も実際に相撲取りともなっているし、力が強かったのでこの地方で荒くれ者たちを束ねることが出来たのではないだろうか。
そんな思いも抱いていたら、この太田神社にも面白いものが置かれていた。

神社によくある力石だ。
江戸中期の安永9年(1780)にこの地方から江戸に出て商売をしていた4人の商人が大鳥居を奉納し、その基礎に使った石から2つを力石としたもの。
大きいほうが206kg(55貫)、小さいほうが135kg(36貫)あり、大きい方は今までに持ち上げたのは大正2年に城之内与吉
氏ただ一人だと言います。
もっとも今ではコンクリに固められてしまっていて持ち上げることが出来ません。

この太田神社で江戸中期から毎年「黒虎相撲」があるそうです。
黒はプロで虎は素人の事だそうです。
一時廃れていた時もあるようですが、また平成4年から復活して行っていると書かれています。(11月3日に開催)
土俵が見当たりませんでしたが、仮設の土俵がその時期に造られるようです。
また今では玄人(プロ)の相撲取りは来ないそうですので正式には黒虎ではないですね。
この神社の祭礼は7月に神輿・お囃子などでにぎやかに行われています。


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