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玉崎神社(6)-飯岡助五郎

 玉崎神社最後の記事です。少し長すぎましたね。

やはりこの旭市飯岡の地は飯岡助五郎を抜きには語れないようです。

天保水滸伝では笹川繁蔵と飯岡助五郎の縄張り争いで大利根川河原での決闘が有名で、この飯岡助五郎は悪人のような描かれ方をしていますが、実際はそんなこともないようです。

ここに来る前に東庄町の笹川にも寄ってきましたが、町おこしに「天保水滸伝」が使われ、大分活況を呈していました。
パンフレットなどもたくさん作っって天保水滸伝巡りなどの観光ツアーも組まれていました。
これも去年あたりから熱心になり始めたようです。
こちらの飯岡はそれに比べると静かです。

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「飯岡助五郎の碑」

飯岡助五郎(石渡助五郎)は現在の神奈川県横須賀に生まれた。
力自慢で友綱部屋の親方に見込まれて相撲取りになったが親方の死で1年程で力士を止めこの九十九里が地引き網漁で賑わっていたためにここ飯岡にやって来て漁師となった。

この玉崎神社の角力(相撲)でその力を発揮し、またならず者などをやっつけて名を上げた。

そしてこの辺りで縄張りを持っていた銚子の五郎蔵から縄張りを譲り受け網元としても成功して大親分になっていった。

この飯岡の復興発展にも尽力し、十手も預かる身となった。

笹川繁蔵との勢力争いについてはまた書く事もあるかもしれないが、地元では助五郎の悪い話は聞かず慕われているようだ。
また、海難事故で漁師が380人も亡くなった時に、生まれ故郷の三浦の方からたくさんの男衆を移住させこちらの漁を守ったとの話もある。
今回の東日本大震災でも7人が津波で犠牲になったと言うが、江戸時代も大量の被害が出たようだ。その時に護岸工事なども積極的にやって村の人から慕われてきたという。

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神社の力比べの石? 石って見た目よりずっと重いのですよね。
飯岡助五郎が使用人にこの石を持ち上げさせてその高さで賃金を決めたと言われているようです。(重さ225kg)

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助五郎稲荷神社?

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玉崎神社入口鳥居の前に「座頭市物語」の碑が立っていた。

子母澤寛が1948年に雑誌「小説と読物」へ連載した『座頭市物語』はこの近くの宿「鹿島屋」さんで書いたそうだ。
映画の原作というものだが、映画の方は勝新太郎のかなり個性を入れて創作されている要素が多そうだ。

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旭市 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2014/06/04 21:48
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