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鷲の話 - 鷲子山上神社

明日は大寒ということだが、寒さも幾分緩んできた様に思う。
庭の蝋梅も満開を過ぎたが、まだ香を漂わしている。
また県内も梅も早咲きが開いたとかの便りも聞こえてきた。
夜になって少し雲が出てきたが、先ほどまで真ん丸の月が東に輝いていた。
星は昨日まではかなりはっきり輝いていたが、今日は雲のせいであまり見えないようである。

 鷲の話をしてきましたが、最後に石岡からは少し遠いのですが常陸大宮市美和町)にある「鷲子山上神社」を紹介します。

鷲子と書いて「とりのこ」と読みます。
茨城県と栃木県の県境にあるとても面白い神社です。
県境にあるためにテレビなどでもときどき紹介されています。

torinoko01.jpg

ここへ行くとすぐに「ふくろう神社」の看板などが目に入ってきます。

「フクロウ」は「不苦労」につながるという単純なものですが、いろいろなところにフクロウの像が置かれ、階段の数も96段で往復して2*96(不苦労)だといいます。

また敷石に6角形の亀型を使い幸せに長寿できるようにと色々なものがあります。

しかし、とても古い立派な神社で、辺りはいろいろな樹木の宝庫で神社境内の杉(御神木)も千年杉と呼ばれています。

また、この神社より手前ですが美和の交差点近くの「吉田神社」には本当に立派な「三浦杉」という大木が神社拝殿の石段の両脇に聳えており、とても見事です。

こちらはまた別な機会があれば紹介したいと思います。

torinoko02.jpg


上の写真は鷲子山上神社の「楼門」です。時代を感じさせる立派な建物です。

しかし、本当に興味がわくのは「鷲子」(トリノコ)という名前です。

祭神はもちろん「天日鷲命(あめのひわしのみこと)」です。阿波忌部氏の流れをくむ神社です。

そして、この地方が昔紙すきの地であり、水戸光圀が藩中の女性を連れ見学させたと伝えられる場所なのです。
(話は水戸黄門の風車の弥七のモデルとなった人物がこの地の出身で、黄門に進言したとも言われています)

紙に白い「トリノコ和紙」というのがあり、各地に産地として伝わっています。
辞書で引いても「鳥の卵の殻のように白いところから名前がついた」と書かれているようです。
しかし、この地名の「鷲子(トリノコ)」との繋がりを捨てることができません。

和紙は昔は大きな産業で、和紙が盛んであった明治の初め頃まで、栄えたといいます。

この神社も産業の神様としてズーッと守られてきたのでしょう。

ちなみに、この和紙の製法技術は徳島(阿波)からもたらされたものと言われています。

yasichi01.jpg

風車の弥七が実在した人物なのか架空の人物なのかはあまり関係はないのですが、この地が和紙で栄えた土地であることは大変興味があります。

yashichi02.jpg

地元には観光目的でしょうか? 「弥七とその妻お新の墓」があります。

さて、鷲子のある美和地区は「星がきれいに見える町」ということで「星のふるさと」をキャッチフレーズにしています。

我が八郷地区などもきっときれいな星空がみえるはずです。ふるさとを見直したいですね。

 

鷲(わし)の話 | コメント(2) | トラックバック(0) | 2011/01/19 20:31
コメント
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鍵コメさん
コメントありがとうございます。

> 鷲子山の御祭神は、天日鷲命(アメノヒワシノミコト)といわれる鳥の神様です。

私も良く分かりません。よくお調べになっておられるので私もそれ以上こともわかりません。
でも、神話の話ですから天の岩戸の前で弦楽器を引いていた阿波忌部氏という構図は造られたもので
鷲が飛んできたとなっていますがこの鷲は結構いろいろな鳥にも解釈されるような気もします。

鷲神社が関東以北にあり「わしじんじゃ」「とりじんじゃ」などいろいろな呼び方をします。
商売繁盛の神様で酉の市(とりのいち)で熊手が売られています。

この鷲子山上神社は馬頭の上人が阿波に行ってこの神様を祀ったと言われています。
またフクロウは日本の神様ではあまり祀るところは最近まで無かったように思います。
この神社も30年前くらいに行った人の話ではフクロウはなかったと言っています。
これも商魂たくましいと言えるかもしれませんね。

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