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胎内くぐり

 今日は成人式で、テレビで各地の成人式の模様を放送していた。

一昔前よりは騒ぐ人も減ってきたようで、どこかおとなしくなってしまった感じである。
日本人はこのままではどんどん飼われたネコとなってしまうのでしょうか?
ゆとり教育もようやく見直されていますが、小学校の教育を少し見直さないとどんどんどうにもならなくなりそうです。

自由と平等をどこなではき違えているようです。
このようなことを書くとどこまでも止まらなくなりそうですので、いい加減にしましょう。

私たちの団塊世代の人間は、昔はこうだったなどと私たちの祖父位の年代から言われていましたが、今の自分たちも若い人たちに同じようなことを言っています。
20年ごと位にジェネレーションのギャップが大きく存在するようです。

長い目で見てみると確かに平和ボケして50年以上たてば、雑草のようなたくましさが薄れ、理想論が台頭してきても不思議はありませんね。
国や自治体が何とかしてくれるなどという幻影はもう通用しなくなっているのですが・・・。

また、この官僚システムの中にいる人は組織の上から言われるとすぐ動くが、下から頼んでもどうも動きが悪い。
民衆より自分たちの方が偉いと勘違いしているのかもしれない。

私は、そうではなくて、その意思があっても組織の中にずっといると「長いものにまかれろ」とならざるを得ないのではないかと思っています。

日本には幸いなことに海外のような民族紛争らしい争いがない。

日本の神はたくさんいて、今ではなんでもOKとなっている民族である。

しかし、民族は同じ(本当は同じと言えないと思いますが)でも、どの地方にも長年その地方に土着している人達と、途中から他所の地からやってきた人たちにはどういう訳か大きな溝が生まれてしまっている。

その中でうまく溶け込んでやっている人たちもいる。
私などはどちらかと言うとなかなか中に入っていくのが苦手で、自から垣根を作ってしまっているのかもしれない。

今年は少し文句などを言わずに溶け込む努力もしてみよう。
これがプライドなどが邪魔して結構難しいのだが・・・・。

 今日の話は成人式ということで、テレビを見ていたら、昔成人になるために「胎内くぐり」という岩の隙間を通って生まれ変わるといわれている場所があることを知りました。

実は、この言葉を聞いて、筑波山にも確かあったはずだと思いだした。

つつじヶ丘のロープウェイ乗り口から歩いて女体山へ登る途中にある。
大岩を小さな岩がささえ、その隙間をくぐる場所に「母の胎内くぐり」とあった。

何時ごろからそのように呼ばれていたのかはわからないが、これは筑波山が修験者の山でもあり、ここをくぐって聖なる地に入ることを意味したのだろうか?

熊野古道の滝尻王子から「熊野の霊域の入り口」と書かれた古道に入り、石の敷かれた山道をしばらく登ったところに大きな岩の下をくぐることができる場所があり、ここを「胎内くぐり」と呼ぶそうです。

女性は安産祈願になるということですが、やはり聖地に入ることを意味したのですね。
 

近況 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2011/01/10 15:04
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