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狢(むじな)の話 - 小川街道の狐

 昼間は日が照っていれば温かいが、日が落ちるとやはり寒い。日陰に残った雪は凍りついて少しも小さくならない。気温はやはり低いのだ。
 さて、狢(むじな)が人を化かす話と似た話で、キツネが化かす話も各地に多い。
ここ石岡にも「美人に化けた新地の狐」という話が伝わっている。
ここで紹介したくなったのは、今でこそ小川街道(355号線)は通りの両側に飲食店などが立ち並ぶ賑やかな通りとなっているが、そのむかしの趣を伝える昔話として面白いと思ったからである。
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 むかし、小川街道は「原道」といって道の両側は松林でおおわれ、人通りも少ない寂しいところであった。
県道沿いの兵崎地区の谷津(石岡中学校の少し先の反対側)に新池という池があった。
ここに古い狐が棲んでいて、よく通行人を化かすと言われていた。
明治初年のある夜、志筑(しずく)に住んでいたある男が、小川への用事をすませての帰りにこの池の付近にさしかかった。
すると、行く手に美しい一人の婦人があらわれ、「旦那さま、どちらへお越しですか」とやさしく声をかけてきたので、思わず「はい、志筑へ帰るところです」とこたえてしまった。
するとその婦人は「私も志筑へまいるところです。どうか一緒にお連れ下さい」と頼み込んできた。
少し疑わしい気もしたが、こんな美しい婦人と一緒なら楽しい道中になると考えた男は、承知して仲良く二人で府中の町々を通り、宮下を過ぎたあたりまでやってきた。
するとその婦人は「ごめんなさい」と言って、燈の見える一軒の家の中に入っていった。
男は不審に思い垣根の外に立って中の様子をうかがっていた。
しばらくすると、家人と挨拶する婦人の姿が障子に映り、続けてお土産の万頭(まんじゅう)の包みを開く姿が映った。そこには狐のしっぽが。
男はこれは狐の化身と思い、「そりゃ、いけねえ!それは馬糞だよ」と叫んで、家の中に飛び込んだ。
ところがそこは家ではなく池であったのだ。
男はおぼれて死んでしまったのだろう。
このようにこの新池は、幾人も尊い人命を奪ったので、「死池」とも呼ばれるようになったとのことである
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このように小川街道も、明治初めの頃までは、石岡の地がら少し離れただけであったが、寂しい通りだったようです。

しかし、この道は玉造・行方から鹿島や鉾田方面の海岸と結ぶ昔からの街道なのです。
鹿島から大洗の海岸で採れた塩を都「府中」へ運んだ「潮(塩)の道」でもあり、親鸞聖人も何回も通った道でもあります。
歴史の詰まった道ですが、鹿島鉄道が廃止されるとその昔のことも振り返らなくなってしまうとしたらとても寂しいことでもあり、その地には文化が育たないともいえるでしょう。
 

狢(むじな)などの話 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2011/01/22 18:46
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