四万騎農園圃場

 四万騎農園(しまきのうえん)はかすみがうら市の四万騎ヶ原にある農園で、銀座の千疋屋さんなどに梨ジャムなどを卸している農園として知られています。

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その農園の柏原緑地圃場が柏原池のすぐ北に隣接してあります。

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柏原池の入口の反対側になるので人もあまり通りませんので意外に知られていないようです。
私も早朝にウォーキングでコースを外れて歩きまわっている時に知りました。

上の写真は梨の若木で、奥に見えるのは竜神山です。

8月も終わりになると日の出も結構遅くなりまだ暗いですね。

四万騎(しまき)という名前はこのかすみがうら市(旧千代田町)の農場一帯の草原で八幡太郎義家が奥州征伐に行く時に、周りからたくさんの武士が集まり、この地で4万人になり、ここで騎馬訓練をしたのでこの名前になったと言われています。

まあ八幡太郎伝説は何時頃から言われるようになったのかは分かりませんが、石岡にも鞍かけの松、5万堀、生板池、正月平などに伝説として残されています。

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(みそはぎと百日紅。奥に見えるのは柏原池です)
八幡太郎伝説はその信ぴょう性はともかく、暮らしの中に何かそのような事柄を見つけては「いざ鎌倉」などといって鎌倉街道などと共に受け継がれてきたものと思います。

四万騎ヶ原は江戸時代の助六一騎などで農民たちが集まった場所で、当時は嶋木ヶ原と言われていたようです。
それを故事に結び付けてしゃれて四万騎というあたりはなかなかのものです。

五万堀については、今までの私の頭の中の解釈はたくさんの人足を使って広い官道を整備した場所にたくさん残されているように思います。

石岡周辺では鹿の子、小美玉市の羽鳥駅東側、笠間市の安居(あご)、長兎路付近などは古東海道の官道跡と見られます。また旧玉里村の先端の方に地名があったそうですのでもしかしたら国府(石岡)から霞ヶ浦に園部川が注いでいる湾部に船着き場があったのかもしれません。
そうであれば中津川の台地で発見された旧官道跡の遺跡の説明は付けやすいと思います。

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何の花でしょうか? 花弁は4枚。
最近少し花の名前が気になりだしましたが、図鑑も手元に無いので覚えられませんね。

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風土記の丘近辺 | コメント(2) | トラックバック(0) | 2014/08/31 16:59
コメント
No title
四万騎農園は一昨年初めて行きました。
また行ってみたいと思っていたところです。
http://stk1031.blogspot.jp/2012/10/blog-post_1831.html
stkさん
> 四万騎農園は一昨年初めて行きました。

蔵コンサートのようなこともやっていたように思います。
またいって見て下さいね。
ここでお茶もできるんですか?

今回の記事は石岡の柏原池裏に農場を持っているという記事です。

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