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狢(むじな)の話 - 小泉八雲

 今日はこちらは朝雨がぱらついたが、水戸の方は雪だったようだ。
こちらは雨のおかげで、前回の雪や路面の凍っているところが大分融けたようだ。

 狢の話としては小泉八雲(ラフカディオハーン)の「怪談」に出てくる「のっぺらぼう」の顔の話が有名ですね。
このタイトルがムジナです。なぜこのタイトルになったのでしょう。
小泉八雲は日本に帰化し、耳なし法一などの話がもっともよく知られていますので、てっきりこの話も出雲の方の話かと思っていました。
しかし、出雲の国造の家系を持つ女性と結婚して、出雲に住んでいた期間は比較的短いようです。
日本に暮らした多くは東京にいたようです。
このムジナの話も江戸末期から明治初期の東京の赤坂にある紀之国坂での話です。
今の皇居のお濠とホテルニューオータニの近くです。
もう死後100年は過ぎているのでそのまま載せても問題はないでしょうが、一部のみを紹介します。
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 ある商人がある晩おそく紀国坂を急いで登って行くと、ただひとり濠(ほり)の縁(ふち)に踞(かが)んで、ひどく泣いている女を見た。身を投げるのではないかと心配して、商人は足をとどめ、お女中』と声をかけた。『お女中、そんなにお泣きなさるな!……何がお困りなのか、私に仰しゃい。その上でお助けをする道があれば、喜んでお助け申しましょう』しかし女は泣き続けていた。『どうぞ、どうぞ、私の言葉を聴いて下さい!……ここは夜若い御婦人などの居るべき場処ではありません! ・・・・』
徐ろに女は起ち上ったが、商人には背中を向けていた。そしてその袖のうしろで呻き咽びつづけていた。
商人はその手を軽く女の肩の上に置いて説き立てた――『お女中!――お女中!――お女中! 私の言葉をお聴きなさい。』……するとそのお女中なるものは向きかえった。そしてその袖を下に落し、手で自分の顔を撫でた――見ると目も鼻も口もない――きゃッと声をあげて商人は逃げ出した。
 一目散に紀国坂をかけ登った。ただひた走りに走りつづけた挙句、ようよう遥か遠くに、蛍火の光っているように見える提灯を見つけて、その方に向って行った。
それは道側(みちばた)に屋台を下していた蕎麦屋の提灯に過ぎない事が解った。商人は蕎麦売りの足下に身を投げ倒して声をあげた『ああ!――ああ――ああ』……
『これ! これ!』と蕎麦屋はあらあらしく叫んだ『これ、どうしたんだ? 誰れかにやられたのか?』
『盗賊(どろぼう)にか?』
『盗賊(どろぼう)ではない――盗賊(どろぼう)ではない』とおじけた男は喘ぎながら云った『私は見たのだ……女を見たのだ――濠の縁(ふち)で――その女が私に見せたのだ……ああ! 何を見せたって、そりゃ云えない』……
『へえ! その見せたものはこんなものだったか?』と蕎麦屋は自分の顔を撫でながら云った――それと共に、蕎麦売りの顔は卵のようになった……そして同時に灯火は消えてしまった。
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 この話は江戸に伝わっている話をきっと聞いて想像をふくらまして書いたものなのでしょう。
小泉八雲は今から30年ほど前と書いているので、江戸の後期の話ですね。
皇居は江戸城があった場所ですが、結構寂しい坂も多かったのでしょう。
またこの中で「紀国坂」を何故このようにいうのかは知らないとも書いています。
興味があったことがうかがわれます。

でもこれで「ムジナ=のっぺらぼう」のように思われてしまったのですが、この辺りでそのような話は聞いたことがありません。

さて、狢とは何を指すのでしょう。狸やアライグマだけでなく、もっと似たようなもので人を化かすといわれるようなものをまとめて言うように思います。

ネットを調べていたら面白いものがありました。「たぬき・むじな事件」というものがあったようです。
大正13年(1924年)に「たぬき」の狩猟が禁止されます。しかし、施行された日の前に「むじな」捕獲し、施行後にこれを銃で撃ったのは狩猟法違反だというものです。判決は「たぬき=むじな」は動物学的に同一だが、多くの地域で「たぬきとむじなは別物」と考えられてきた。また、穴に閉じ込めて捕獲したのが刑法の施行前であったので無罪。・・・・

「たぬき=むじな」は動物学的に同一とは、なんとも分らない判決ですが・・・興味があればリンクを貼った「wikipedia」の説明を見てください。
 

狢(むじな)などの話 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2011/01/24 19:12
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