おまつりスナップ3

 本日で3日間に亘って行われた今年の石岡のおまつりも終わりです。

どこから人が来るのだろうかと思えるくらいの人出で・・・

いつもならだれも歩いていないような通りに人があふれていました。

でも祭りに参加している人たちの表情や姿はこの時だけは特別なようです。

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青木町の山車。青木町はこの香丸信号から八幡通り(旧柿岡街道)に入ったあたりの一帯です。

きつねの踊り(囃子)は新馬鹿というようです。
 石岡囃子というのにはいくつかの系統があるようです。

石岡の市内の祭りにはこの囃子は当初は無く、となりの染谷や三村から獅子連の助けを借りて行っていました。
そしてその踊りや囃子を教わり、今では保存会などでそれを継承して行っているのでしょう。

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この子供たちもそのうちにこの踊りや獅子舞などの担い手になって行ってくれるのでしょう。

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355線(旧水戸街道)の香丸町側から中町側を眺めると、特に山車や幌獅子などの姿が無くてもこのありさま。
両側には屋台が並び、通りも歩くのも困難なほど人でいっぱいです。

今年は初めて訪れる方も多いように思いました。
写真は夕方5時半頃ですので神社の神輿や行列はすでに総社に戻っている時間です。

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駅正面の御幸通りとの交差点では年番の富田町の山車が盛んに演技中でした。
それにしてもキツネがいっぱいでした。

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青木町では中町の山車と青木町の山車、それに何台かの幌獅子がすれ違います。

中町ではこの時は「ひょっとこ」です。

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それに対してすれ違った反対側の青木町の山車では「おかめ」が演じられていました。

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もうすぐ合図で祭りも終わりでしょう。
うるさいだけという人もいますので、静かになってホッとする人もいます。

昔に比べて、夜中まで騒ぐ人も少なくなったようです。

明日から平穏な日々が・・・・。
仕事も学校も、これが終わらないと落ち着いてできないというのがこの街なのです。

私のブログも明日からは平常に戻す予定です。
でも少し疲れました。

来週は風の会の100号記念祭です。
興味のおありの方は是非お越しください。
(場所、時間は上のおしらせを見て下さい)

石岡のおまつり2014 | コメント(6) | トラックバック(0) | 2014/09/15 19:09
コメント
No title
こんばんは。お祭りレポートお疲れ様です。
これは今日の最終日ですか?
最終日はいまだかつて、見たことないので様子がわかってうれしいです。ありがとうございます(*^_^*)

いつも感じますがあの混雑の中、お祭りに携わる人達のパワー=3日間も疲れを見せずに元気であのパワーは一体、どこから来るんだろう?と敬服してしまいます(笑)

混雑は正直、苦手ですが今年も石岡まつりが終わってしまったと思うと、ほっとするよりも寂しい気がします。
竹千代さま
> これは今日の最終日ですか?
> 最終日はいまだかつて、見たことないので様子がわかってうれしいです。ありがとうございます(*^_^*)

最終日ですが、年番引継ぎや初日の逆の行事はすでに終了した後です。
各町の山車もそれぞれの休憩所などで少し休憩が多かったです。
この後にもう一度街中に集まってくると思いますが、私は早々に帰宅しました。

> いつも感じますがあの混雑の中、お祭りに携わる人達のパワー=3日間も疲れを見せずに元気であのパワーは一体、どこから来るんだろう?と敬服してしまいます(笑)

昔は石岡の祭りは柄が悪いとよく言われましたが、大人しくなってきたようです。
私にはパワーがありませんので、ここでは若い人のパワーを少しもらいます。

やっと浮足立っていたのが終わりましたね。
疲れを取って腹も頭の方も実りの秋を早く収穫してほしいです。
そちらのレポートは続きも楽しみにしています。

こんちは
おはようございます。
お祭りシリーズブログ、とても素晴らしかったです。
完読させていただきました。
年番富田町の実行委員長さんは、30年以上の付き合いがある人です。昔からお祭り大好きだったんで感無量だったと思います。
今回は、行けなかったですが、このブログで祭りの雰囲気、
知らなかった事、が分かりました。ありがとうございます。

中町にも仕事でいた事があるんで、お祭りは何年も係ってきました。アーケードが無くなって広さを感じますし、何より雨の祭礼なのですが今回は、暑さも雨も降らなかったんじゃないですか。
お祭りらしくなったお祭り
おそらく30年ぶりに接した石岡のおまつりは‘綺麗’になりました。ずっと見る気にならなかったのは柄の悪さ、祭りに乗じて悪ふざけとタカりなど品の無さにあふれていたからです。
でも、衣装ひとつとっても踊り手囃し手引手とよく考えてハレを意識したものになったのは昔と違います。山車や幌獅子も昔はボロボロのもありましたが新調したらしいのが目立ち気持ちの入れ様が感じられました。
多分これは石岡が変わったというより日本の世相が大人になったのでしょう。センスのない野暮なことはしないのが常識になった、その現れのひとつのような気がしました。
大吾パパ さん
> お祭りシリーズブログ、とても素晴らしかったです。

ありがとうございます。うれしいです。

> 年番富田町の実行委員長さんは、30年以上の付き合いがある人です。昔からお祭り大好きだったんで感無量だったと思います。

そうでしたか。私より石岡のお祭りなども見ておられそうですね。
何をやっているかを少しずつ紐解いてやっとある程度わかったようです。
こうして説明をしていくのもある程度は必要だと思っています。
でも、祭りに理屈はいらないかもしれませんね。

> 中町にも仕事でいた事があるんで、お祭りは何年も係ってきました。アーケードが無くなって広さを感じますし、何より雨の祭礼なのですが今回は、暑さも雨も降らなかったんじゃないですか。

あの屋根を取り払って看板建築も見えましたし、成功ですね。
今年は珍しく雨に降られませんでした。
忠顕 さま
昔の石岡の祭りは柄の悪さで評判は悪かったですね。
高校生などもヤンキー、ガングロで素行の悪さが目立ち、
祭り好きのヤクザまがいの人も集まって来ていたように思います。
暴力団追放とテキヤの制限、仮設トイレ設置、ゴミ置き場の徹底などで
少しずつでも雰囲気も良くなって来たように思います。

今年は各町の衣装も大分統一されてきたイメージでした。
あとはこの祭りの意義をきちんと検証して江戸式の祭りの伝統を踏襲してほしいと思います。
江戸の山車祭りが今では東京は神輿だけになってしまったのですから・・・。

下手な歴史を振りかざすのではなく、自分たちでも納得した誇りが持てるようになれば
もう一段と変わると思っています。

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