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養老の滝伝説(2)

 養老の滝伝説がどのように全国に伝わっていったのかを少し調べてみたくなりました。

まずは、岐阜県養老町に伝わる「養老の滝伝説」は多くの人が知っていると思いますが、概略は次のような話です。
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昔、美濃の国に貧しいけれど親孝行の源丞内という若者がいました。
毎日山で薪を取ってきてそれを売り、年老いた父親を養っていましたが、暮らしは楽ではなく父の好きな酒を充分に買うことが出来ません。
 ある日いつもより山奥に登るとそこに岩壁から流れ落ちる滝がありました。
近付くとかすかな酒の香りが漂って来るのです。
不思議に思ってあたりを見廻すと岩間の泉から水が湧き出ています。
これをすくってなめてみると香わしい酒の味がします。
そこで、腰に下げているひさごに汲んで帰り、老父に飲ませた所、とても美味しい酒でした。
親子は喜んで、仲良く和やかな笑声が村中に広がりました。
老父はこの不思議な水のおかげですっかり若々しくなりました。
 この不思議な水の話が、都に伝えられ、奈良の都の元正天皇は「これは親孝行の心が天地の神々に通じたものでしょう」とおおせになり、この地に行幸になり、孝行の見本でもあるとたいそうお誉めになり、年号を「養老」と改めたといいます。
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これは年号が「養老」になった年ですから、西暦717年のことになります。

元正天皇は聖武天皇の1代前の女帝(独身)です。聖武天皇がまだ若いので天皇になったものです。
これから考えても、孝子伝説は西暦700年代の前半のことになり、石岡の伝説が本当であれば、岐阜よりも少し後ですから、同じような時期の話になりますね。 

またこれから生まれた話は二つに分かれます。
一つは水がお酒になった親孝行の「親は酒、子は清水」の話しです。 そしてもう一つは「若返る不思議な水」の話しです。

この養老の滝の話は確かにあった話で、万葉集に歌われています(万葉集 巻六 1034)。

美濃の国の多芸の行宮(かりみや)にして、大伴宿禰東人が作る歌1首
「古ゆ 人の言ひ来る 老人の 変若(を)つといふ水そ 名に負う滝の瀬」

これによれば、養老の滝の話は「老人が若返る水と言われている滝の水があった」ことが伝わっていたと解釈されますね。(場合によっては病に効く水とも・・・)
若返りの水の話は、伝わるうちに「こぶとりじいさん」や「舌切り雀」のように物語として広がります。
「若返ったお爺さんの姿を見て、欲を出したお婆さんがその水を飲みすぎて赤ん坊になってしまった」というような話ですね。

 では、親孝行の息子が父親に飲ませたら酒となり、子供が飲んだらただの清水であるという話は何時ごろから伝わっていったのでしょうか。
一般に養老の滝伝説は「養老孝子伝説」と言われるように、「親孝行することが美徳である」ことを世の中に広めたいという思いが時の権力者側にあり、広めさせたのかもしれません。
また、この水が酒になったというのはおそらくもう少し後から始まったと考える方が時代的には合っているように思います。
酒造りに美味しい水が必要であり、どこかでこの水が酒に化ける話を追加して作られたものかもしれません。

昔から良い酒を造るには美味しい水が不可欠であり、酒の名所と言うところに話は広がったものと思われます。
 では実際に何処に残されているのか? また明日にでも調べて結果を載せます。
 

養老の滝伝説 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2011/01/26 19:20
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