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なま(鮮魚)街道

 子は清水を調べていたら松戸市常盤平にある清水のところには「なま街道」という街道が通っていたと書いてあったので少し調べてみました。
調べてみると結構面白いことが判りました。
なまはという字(魚が3つ)だそうです。
この字は「鮮」の元字だそうです。
この「なま街道」は「鮮魚街道」ともいうと書かれていました。

江戸時代中期以降でしょうか、当時から銚子は魚の一大産地で、江戸の市場に魚などを運ぶ必要がありました。
しかし、銚子から外洋に出て東京湾を運ぶのは海洋事故も多く危険なものだったようです。
このため、銚子から舟で利根川を上り、成田線の布佐駅の近くで舟から馬に荷物を積み替えて松戸まで7里半(30km)位を陸路で運び、また松戸で舟に乗せ換え江戸川を下り、行徳辺りで新川の掘りを通って隅田川で日本橋まで運んだといいます。

namakaidou.jpg

現在、街道は一部「航空自衛隊下総航空基地」で分断されてしまっています。
また、明治初めの鉄道開通でこの輸送は必要がなくなり、急に廃れてしまったようですが、銚子を夜出発して翌朝布佐で馬に乗せ、半日かけて松戸へ運びその日の晩または翌朝までに江戸へ到着するスケジュールだったといいます。
この「なま街道」はできるだけ早く新鮮な魚を江戸に運ぶために作られたルートでしたが、それでも、夏場は暑く、この陸路はかなりきつかったようです。
途中金ケ作(常盤平)にある「子和清水」は水をかけて、この魚の鮮度を保つために使われたといいます。

元々の街道としては木下(きおろし)~鎌ヶ谷~行徳を結ぶ「行徳街道」がありましたが、町中を通る上に距離も長いため、最短のルートとして定着したものと思われます。
でも「なま」とはなんとも生々しい名前ですね。
 
調べるといろいろ出てきそうで面白そうです。
木下(きおろし)と布佐の争いなどもあったとか、夜中でも関所を通行できたとか・・・・。
いろいろ知らないことがあるものだと感心してしまいました。
 
 

養老の滝伝説 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2011/01/28 19:16
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