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高浜虚子碑と長門川

 安食手前に通りから脇道方面に「高浜虚子碑」と案内板があった。
道は狭そうだが折角来たのだから見ておかないといけません。
少しくねくねと狭い道を進みました。

すると開けた川岸に何やら石碑がありました。
風光明美なところなのでしょう。

高浜虚子02

利根川と印旛沼をつなぐ川がこの長門川ですが、やはり流れはほとんどないくらい穏やかです。
もっとも大昔は利根川も印旛沼も一体で大きな流れ海の一部であったはずです。

高浜虚子04

後に見えるのは「長門橋」です。
ここも国道356号(利根水郷ライン)が通っているのですが、この橋はきっと重量制限がありそうです。
私が最初に通っていたところも356号線でしたがここもまた356号線のようです。

私はこの橋は渡っていません。

高浜虚子03

「水温む利根の堤や吹くは北」

 大正6年4月26日、子息としを氏を初め日日国民両新聞記者等20余名の同門を引き連れ、高浜虚子先生春の大利根に来る。これを迎えんとして参加する者、千葉・茨城の俳人160余名、丹波の泊雲氏醸造の銘酒「小鼓」を打ちながら安食の長門橋より高瀬舟に乗る。小鼓に酔春の歓喜交々唄ふ。ことに大漁節の合唱は對岸の人々を驚かしめ、灯ともる頃矢口川岸に上陸、それより龍路をたどり橋本旅館に泊り盛大な句会を催せり。為めに此の辺りの俳筵大いに興るを当時の国民新聞は報じ、又鈴木三羊もその模様をかく描写してゐる。
(現地石碑)

高浜虚子01

すぐ上の横道脇に置かれた地蔵と青面金剛。



この辺りの地形を見るにはやはり昔の姿を思い浮かべるしかありません。
それにはこのFloodMapsが便利です。
これは海面高さを+6mとした時のものです。

印旛沼と利根川がつながりました。
そして陸地の境界線を成田線が走っていることがわかります。

安食(古)

印西・栄・成田 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2014/11/03 14:42
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