人情物落語

 今日は出前落語で函館の落語家夢助さんの落語を聞きに行った。

今泉さん01

前座は今泉さんの三味線で「お伊勢参りから弁天小僧」「お富さん」「刈干切唄」と皆で「花はさく」を・・・

今泉さん02

弁天小僧が「知らざあ言って聞かせやしょう」と啖呵を・・・

お富さんの歌は知っていましたが、その内容までは初めて聞きました。

夢助さん01

夢助さんの落語は今回はいつもの落語と違って人情物で・・・

夢助さん02

昔、佐倉藩の百姓の年貢の取り立てが厳しく、それをお上に訴えた名主のお話でした。

夢助さん03

歌舞伎などで演じられている義民・惣五郎伝説「佐倉義民伝」の山場の一つである「甚平渡し」の話でした。


夢助さん04

将軍への直訴を決意した名主の惣五郎が、密かに江戸から家族のもとに戻る時の話だ。
妻や子供に別れを告げ、自分の罪で家族に害が及ばないように離縁をするためにこの印旛沼の渡しを雪の降る夜に渡ろうとする場面です。

その惣五郎の必死の思いに渡し守の甚平が、役人が繋いでいた船の鎖を断ち切るのでした。

ここまでの話を熱演でしたが、この話をもっと知っていればきっともっと中身に入り込めたと思います。

調べたところ、印旛沼周辺では良く知られているようです。
この後、話としては 惣五郎を無事渡し終えた甚平は、自ら沼に身を投じたといいます。
そして妻と離縁し子供とも絶縁した惣五郎は江戸に戻り1652年に上野寛永寺に参詣する将軍家綱を、下谷広小路黒門前の三枚橋の、中の橋の下に隠れて待ち、将軍に訴状を渡すことに成功します。

しかし直訴はご法度ですから当然惣五郎は捕らえられ、佐倉藩主堀田正信に引き渡され、磔になります。
しかし絶縁した妻や子(1男3女)も死罪となりました。
妻は助命嘆願で何とか助かり、その後尼となり惣五郎父子の墓守として半生を捧げ、54歳でこの世を去ったという。

この義人話が今も伝わっているのだそうだ。

こんな話もやはりもう少し勉強しないとわからない。

この近くでは義人助六一揆の話もあるので少し重なってきた。

今週末に親戚の結婚式があるので金曜日から福岡に行く。
このため、夜になって選挙の期日前投票に行ってきた。
夜8時まで受け付けているのでこの方が楽だ。

それにしても毎日名前を連呼する選挙戦は勘弁願いたい。
何をやりたいのかがわからない。
県会議員選挙が重なったのでうるさくてたまらない。

おはなし劇場 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2014/12/10 20:53
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