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上曽峠と上曽宿

 石岡(府中)から柿岡の街を通り、真っ直ぐ真壁の町に続く県道7号線は、昔の主要な通りであった。
真壁側から石岡(府中)に行くにはこの上曽峠峠を越えていく必要があったのである。
その峠を越えた所にできた宿場町が上曽宿で、古い町並みが今でも残されており、旅籠の看板も2件そのまま残っている。
歴史を調べてみると、かなり古くから重要な街道であったという。
昔は霞ケ浦の高浜から柿岡までは恋瀬川を使って舟運が発達していたようで、柿岡から真壁・下館方面への荷物の運搬はこの柿岡まではこの上曽峠を越えて馬で運びました。
このため、この上曽宿には多くの旅籠があり、馬止もありました。
また山中に、鎌倉時代の猿壁(さっかべ)城跡があり、小田氏の子が上曽氏を名乗ったといいます。

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宿場から上曽峠に向かう。 ここから道がくねくねとした上りとなる。冬場は凍結して危ない。
現在この峠にトンネルを作る計画が進行しているが、筑波方面と結ぶ「朝日トンネル」は工事が大分すすんでいるが、こちらはまだ着工に至っていないようである。

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今でも立派な塀と門をを持った家が多くみられる。

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旅籠「えびすや」さんの看板をそのまま残している。

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「えびすや」の建物もそのまま残され、昔の宿場が思われる。

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昔の街道の面影が残る通りである。長屋門の立派な構えの屋敷です。

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上曽宿の中程に「一言稲荷神社」があり、赤い旗が目を引きます。
神社には「筑西市」や「下館市」などの奉納者のお名前が多い。こちらの方面の信仰の神社なのか?

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宿場の中に「足尾神社の鳥居」が残されています。写真の後ろの方に見えるのが「足尾山(万葉集では葦穂山)」です。
この鳥居の横の大きな石標は昔の道標で正面に「西まかべ道」右側には「あしを道」と書かれており、裏には「享和甲子歳三月」と書かれています。調べると享和4年(1804)3月に作られたものだそうです。かなり立派なものですね。
足尾神社は山頂に神社があり、足の病に効くと言われていおり、筑波山と加波山の中間に位置する神社だ。
この神社も天狗でも知られ、面白そうなのでまた別途調べてみたい。
 

街道その他 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2011/02/01 19:29
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