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香澄

 常陸国風土記の行方郡のところに「香澄の郷」の説明が書かれている所がある。

郡家より南へ二十里のところに、香澄(かすみ)の里がある。
古い伝へに、大足日子の天皇(景行天皇)が、下総の国の印波(いなみ)の鳥見(とりみ)の丘に登られたとき、ゆっくり歩きながら国を望み、東を振り向いて
「海にただよふ青い波と、陸にたなびく赤い霞の中から湧き上がるやうにこの国は見えることだ」
と侍臣におっしゃった。
この時から、人は、「霞の郷」と呼ぶやうになった。
(口訳・常陸国風土記)

昨日銚子の方に出かけた時に霞ケ浦の先端部に架かる国道51号線の北利根橋の上から筑波山を眺めた。
すると筑波山の麓に霧がかかり、この風土記の文を思い出した。

これはヤマトタケルの来たとされる場所を慕って、父の景行天皇が行方郡にやってきた時の話だと思うが、こんな風景だったのかもしれない。

文章からは行方の天王崎あたりとされるが、イメージは似ているだろう。

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(クリックで拡大します)

この筑波山あたりが新治の国ということになる。
当時もこんな水鳥がいたのだろうか。

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(クリックで拡大します)

水辺に近づくと水鳥たちは一斉に飛び立ちました。

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(クリックで拡大します)

国道51号線の北利根橋。
ここから常陸利根川となって水郷地帯を通って利根川に合流する。

麻生 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2015/01/14 21:04
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