小幡観音寺(2)

 イスラム国との交渉は心配なのですが、書きかけの記事をまず続けます。

今日はこちらは冷たい雨でほとんど雪は降りませんでした。

 行方市(なめがたし)小幡にある観音寺は今まで知らなかった場所ですが、南から参道が北に延びており、寺のすぐ北には「要小学校」があります。県道183号線と184号線に挟まれた場所です。

要という地名はこの場所が昔は道路の交わる要部分になっていた事からはじまったのではないかと思われます。

観音寺地図


南北に長い寺の参道は途中で道路に寄り南北に分断されています。

南の部分に昨日載せた山門(仁王門)があり、観音像が安置された宝物殿と観音堂があります。

寺の本殿は北側部分にあります。

本殿は工事中でしたが明日紹介します。

観音寺05

南側の領域はここが観音様の寺であることが伝わってきます。

観音寺06

境内のあちこちに観音様の石像が置かれています。

観音寺07

昨日紹介した仁王門をくぐると正面に観音堂があり、その左側に県指定文化財の如意輪観音坐像が保管されている宝物庫があります。

観音寺08

観音堂です。比較的新しい建物です。

調べたところ建物の老朽化が激しくなったので今までの屋根をそのまま使用して下の部分を新製し、2010年12月に完成したものだそうです。

観音寺10

観音寺09

上の説明はなかなか面白そうなことが書かれています。

この観音寺が大宰府観音寺の分霊を満海上人に託してこの地に奉祀した。(大同3年)

忍性が現在地に移した。

満海上人は仙台まで布教を続け仙台に墓がある。
そして伊達政宗はその場所を自分の墓所に指定した。

しかしこの満海上人は即身仏となったという話も伝わる。

その後、伊達政宗がこの満海上人の生まれ変わりとする逸話は確かにあるようだ。

観音寺12


観音寺13

如意輪観音は、鎌倉中期の作と伝えられており、片ひざを立て、左ひざを折り曲げ、左右に6本の腕を持つ坐像です。像高36.3センチメートル、総高63.9センチメートル。

 仏像、光背、台座がほとんど当時のまま一具として残る銅造如意輪観音像としては、唯一の貴重な作例です。
(市のホームページより)


観音寺11

この観音寺の敷地も中世には小幡氏(玉造氏の氏族?)の平城があったそうで、寺を含む形で存在したのかもしれない。

この記事の最初に「要」は道路が集まっている要ではないかと書いたが、城の要害から来たという説もあるようだ。

玉造 | コメント(1) | トラックバック(0) | 2015/01/30 20:02
コメント
拍手コメント 様
> こういう文化的に価値がある所が多い所がすばらしいと思います。紹介することに意義があります。

いつもありがとうございます。

管理者のみに表示