行方市島並の熊野神社(2)
今日はまた銚子に行っていて帰りが遅くなりました。
そろそろ花粉も気になりだしましたね。
昨日の熊野神社の続きです。
霞ケ浦の沿岸に沿った場所にあるので、昔は沿道に沿った場所から山側に少し上ったところに祀ったものであろう。
祭神はイザナギ、イザナミ、スサノオの三神である。
一般には熊野三山を祀るのだと思うが、これは前につくば市北条の熊野神社でも書いた。(こちら)
あちらはスサノオだけが祀られていた。
まだ熊野信仰というものがよくわかっていないようだ。もう少し理解を深める必要がありそうだ。

入口の鳥居をくぐると両脇に石灯篭が置かれており、赤い拝殿まで石の階段が続く。

この常夜燈なども趣がある。

それにしても拝殿も朱色だ。

創建も1394年というので室町時代ということになる。

本殿も皆朱色である。

この本殿は「万治元年(1658年)社殿を焼失、現在の社殿は翌2年に麻生藩主新庄氏の支援により竣工したものです」と書かれていました。


この絵模様は江戸時代初期の様式だと説明にはあります。面白いもようですね。


写真ばかり多くなってしまいましたので、あすにもう少し続きます。
そろそろ花粉も気になりだしましたね。
昨日の熊野神社の続きです。
霞ケ浦の沿岸に沿った場所にあるので、昔は沿道に沿った場所から山側に少し上ったところに祀ったものであろう。
祭神はイザナギ、イザナミ、スサノオの三神である。
一般には熊野三山を祀るのだと思うが、これは前につくば市北条の熊野神社でも書いた。(こちら)
あちらはスサノオだけが祀られていた。
まだ熊野信仰というものがよくわかっていないようだ。もう少し理解を深める必要がありそうだ。

入口の鳥居をくぐると両脇に石灯篭が置かれており、赤い拝殿まで石の階段が続く。

この常夜燈なども趣がある。

それにしても拝殿も朱色だ。

創建も1394年というので室町時代ということになる。

本殿も皆朱色である。

この本殿は「万治元年(1658年)社殿を焼失、現在の社殿は翌2年に麻生藩主新庄氏の支援により竣工したものです」と書かれていました。


この絵模様は江戸時代初期の様式だと説明にはあります。面白いもようですね。


写真ばかり多くなってしまいましたので、あすにもう少し続きます。
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