小見川散歩(1)
千葉県香取市小見川は、合併前は小見川町であり、隣りの佐原市が水郷や伊能忠敬で知られた町である陰に隠れたまちである。
地元の方にとってはこのような書き方は気に食わないと思うが、遠く離れた場所に住む私にとってはその認識でいた。
しかし、この町も調べて見るととても興味深い。
まず阿玉台や良文などの貝塚が山側に数多くある。
地形を見て見ると古代はこの町がある辺りは大きな内海となっていて、古代はこの周りに住むのにはとても適した場所だったと思われる。
そして、平将門の乱以降には、初めて平氏の名をもらい関東に進出した高望王の五男「平良文」が館を持っていたといわれ、千葉氏との関係も興味が持たれる地域である。

江戸時代に隣りの佐原が江戸勝りといわれるほど水運で繁栄したことに比べるとその陰に隠れているが、地理的に近いこともあり、また利根川に平行して走る黒部川が街中を流れ、やはり水運でかなり繁栄したものと考えられる。
上の写真は町の中心を流れる黒部川だが、このように流れはほとんどなくのどかな水鳥の楽園となっていた。
場所はこの背後には「八丁面公園」がある。

そして街中に少し珍しい美術館があると知ってやってきた。
嘉永元年(1848年)創業の谷屋呉服店。
高級和服を中心にあつかっているこのお店は、東京日本橋にもお店を出しているのです。

しかし、当然着物に興味があってきたわけではありません。
ここの蔵が国の有形文化財に指定されている日本で唯一の「貝紫」の染色美術館として開放されていると知ったためです。
しかし、この日は春の和服フェアに向けた準備に追われていて、お店の方も全く対応できる状況にはないようです。
声をかけて見ましたが、丁重に本日の見学はできないと断られてしまいました。

美術館の名前は「夢紫美術館」。
お店のHPによると
「古来より「色の宝石」「高貴の色」とされてきた貝紫の染色美術館で、国内で唯一の私設染色美術館でもあります。
染織研究家でもある現店主・六代目儀助が友禅模様師と共に研究を重ね、巻き貝のパープル腺にある色素を紫外線にあて、紫色に染め上げる幻の技法を復元しました。
現店主・儀助はこの貝紫を「夢紫」と命名。こうして、古代人のときめきがはるかな時を超えて現代に蘇りました。
館内には、貝紫染色による「江戸友禅染」の着物や帯、染絵額・正倉院復元織物などを展示しております。」
と書かれております。

この土蔵の内部が美術館となっており、明治時代初期の建築だそうです。洪水にも耐えるように作られているそうです。

ここが美術館の入り口ですが、とても重厚な扉で厳重に作られており、漆喰の壁の厚みも60cm以上あるそうです。
また階段があって蔵の床面が一段高くなっているのも洪水対策だといいます。
紫色の着物ばかりではなく、この色素を使った絵がどのようなものかを一度見たいと思ったのですが・・・・
またの機会にしましょう。
地元の方にとってはこのような書き方は気に食わないと思うが、遠く離れた場所に住む私にとってはその認識でいた。
しかし、この町も調べて見るととても興味深い。
まず阿玉台や良文などの貝塚が山側に数多くある。
地形を見て見ると古代はこの町がある辺りは大きな内海となっていて、古代はこの周りに住むのにはとても適した場所だったと思われる。
そして、平将門の乱以降には、初めて平氏の名をもらい関東に進出した高望王の五男「平良文」が館を持っていたといわれ、千葉氏との関係も興味が持たれる地域である。

江戸時代に隣りの佐原が江戸勝りといわれるほど水運で繁栄したことに比べるとその陰に隠れているが、地理的に近いこともあり、また利根川に平行して走る黒部川が街中を流れ、やはり水運でかなり繁栄したものと考えられる。
上の写真は町の中心を流れる黒部川だが、このように流れはほとんどなくのどかな水鳥の楽園となっていた。
場所はこの背後には「八丁面公園」がある。

そして街中に少し珍しい美術館があると知ってやってきた。
嘉永元年(1848年)創業の谷屋呉服店。
高級和服を中心にあつかっているこのお店は、東京日本橋にもお店を出しているのです。

しかし、当然着物に興味があってきたわけではありません。
ここの蔵が国の有形文化財に指定されている日本で唯一の「貝紫」の染色美術館として開放されていると知ったためです。
しかし、この日は春の和服フェアに向けた準備に追われていて、お店の方も全く対応できる状況にはないようです。
声をかけて見ましたが、丁重に本日の見学はできないと断られてしまいました。

美術館の名前は「夢紫美術館」。
お店のHPによると
「古来より「色の宝石」「高貴の色」とされてきた貝紫の染色美術館で、国内で唯一の私設染色美術館でもあります。
染織研究家でもある現店主・六代目儀助が友禅模様師と共に研究を重ね、巻き貝のパープル腺にある色素を紫外線にあて、紫色に染め上げる幻の技法を復元しました。
現店主・儀助はこの貝紫を「夢紫」と命名。こうして、古代人のときめきがはるかな時を超えて現代に蘇りました。
館内には、貝紫染色による「江戸友禅染」の着物や帯、染絵額・正倉院復元織物などを展示しております。」
と書かれております。

この土蔵の内部が美術館となっており、明治時代初期の建築だそうです。洪水にも耐えるように作られているそうです。

ここが美術館の入り口ですが、とても重厚な扉で厳重に作られており、漆喰の壁の厚みも60cm以上あるそうです。
また階段があって蔵の床面が一段高くなっているのも洪水対策だといいます。
紫色の着物ばかりではなく、この色素を使った絵がどのようなものかを一度見たいと思ったのですが・・・・
またの機会にしましょう。
この谷屋さんの美術館のHPの写真がきれいだったので本物を少し見たいと訪れました。
扉の重厚さだけでも見られて良かったです。
今度また訪ねて見たいと思っています。
今の銚子も確かに元気がないという気もしますがとても良いところだと思います。
頑張っている人々がいますのでこちらも応援したくなります。
そうですね。呉服屋さんの中に入る感じで勇気がいりそうです。
この日は店の前に箱がたくさん積んであって、美術館の看板も隠れていたのでウロウロしてしまいました。
裏から入れるかと思って裏に回るとフォトスタジオになっていましたね。
もう少し入り安ければよいと思いますね。