小見川散歩(6)-城山公園

 小見川の少し西側に街を見下ろすようにある小山が「城山公園」だ。
ここはこの辺りでは有名な桜の名所だという。

案内には「北総随一の花見の名所」とある。

公園と名のつくように人々の憩いの場となっているようだ。
1000本の桜と4000本のつつじが植えられている。

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もう訪れてから大分経ってしまい、小雨の降るような日だったので桜もまだ寂しそうだが、雰囲気は伝わってきた。
今はもう少しつぼみも膨らんできたかもしれない。

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子供連れなども楽しめるようにアスレチック器具や遊具などもあり、昔の城の雰囲気を味わおうと思ってここに来たのだが、そちらの方はあまり期待外れだった。

上の写真の右手に清風荘と呼ばれる和風の建物があり、辺りには城山古墳群も点在している。

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左手側の高台が昔の城の本丸のようだ。
中央に「忠霊塔」と書かれた高い塔が置かれ、その裏からは小見川の町や利根川を眺めることができる。

清風荘側とこの忠霊塔側の2つの小山を繋ぐ「あかはし」が桜の時期には桜花とよくマッチする。

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昔の城跡の雰囲気もこれらの土塁から何となく伝わってくる。
現地の案内板も古びた方の物から少し引用する。

「この台地上は、県下を代表する後期古墳である城山一号墳を主盟とする城山古墳群(総数14基以上)でもある。
城山1号墳は昭和38年の高校建設に際して発掘調査されたもので、全長68mの前方後円墳で、後円部に左片袖の横穴式石室(この石室は現在、城山公園の入口に復元されている)が構築されていた。
中から三角縁三神五獣鏡をはじめ、多くの副葬品(武器・武具・馬具・装飾品等)が検出されている。また多くの埴輪も墳丘にめぐっていた。
周辺には町指定の四号墳や八号墳などがある。
忠霊塔の脇には、建久十年(1199)粟飯原三代朝秀が築城したと伝えられる小見川城址がある。
遺構としては、土塁・空掘・土橋・曲輪などがある。」

と書かれています。

粟飯原(あいはら)氏は平安時代末期に平常長の四男・常基がこの小見川に館を構えて粟飯原を名乗ったというが、この名前の由来は良くわからないようだ。

平常長は前九年・後三年の役などで武功を立て、房総の平氏の祖といわれ、子供たちはそれぞれ千葉氏や上総氏などになっていったそうだ。


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この城跡の斜面に四国八十八か所霊場巡りの石仏が置かれていました。

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千葉氏などについてはあまり良く知らないので、また調べながら気がついた時に書くことにしたい。

小見川・東庄 | コメント(4) | トラックバック(0) | 2015/03/14 18:42
コメント
なつかしいです
始めまして。
シニアナビから来ました。
小見川の名を見て、その(1)から、拝見させて頂きました。
母の郷里です。
善光寺の隣の正福寺に、祖父母の墓があります。
それで、年に一回、墓参に行っております。
ほとんどの光景に、見覚えがあります。
(城山公園だけは、行ったことがありませんが)
大変なつかしく、拝見させて頂きました。

余談ながら、祖母は、利根川対岸の息栖村から、川を渡り、
小見川に嫁いで来たそうです。
パトラッシュさま
今晩は。

よくいらっしゃいました。嬉しいです。

> 小見川の名を見て、その(1)から、拝見させて頂きました。
> 母の郷里です。

ありがとうございます。時々近くを通っているのであちこち見学しています。
今まで気がつかなかった新しいことなどを見つけると嬉しくなります。
息栖

これからもよろしくおねがいします。

> 余談ながら、祖母は、利根川対岸の息栖村から、川を渡り、
> 小見川に嫁いで来たそうです。

この間に架かる息栖大橋と小見川大橋も時々通ります。
もちろん息栖神社も訪れました。
これからも時々わたしのブログに訪問ください。
No title
今晩は・・・_(._.)_。
だいぶ、春めいてきましたね。
小見川の城山公園へ一寸、のどかな空気を味わい、足を伸ばして行ってみたくなりました。
それと、石仏を見に行こうと思っています。
取材、ご苦労様です・・・。
お身体御自愛の程お過ごし下さい・・・。
では・・・v-22
たまこさま
こんばんは。
この城山公園も桜はきれいそうです。
今は間で早いようですのでもう少ししたらノンビリ行ってみたいですね。
石仏は最近いろいろなものが気になり始めました。

いつもありがとうございます。

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