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潮来と延方(3)-内田山と延方郷校跡

 水戸藩には藩校と郷校があった。
しかし各地を見ていくとどうもこの郷校がかなりの役割を担ったことを感じることができる。

藩校は主に藩士とその子弟の教育機関であったが、郷校は庶民教育のために各地に設置され、全部で15ほどあったという。
その中で三郷校というのが小川の稽医館(前に紹介した:こちら)と湊郷校(敬業館)(ひたちなか市)とここ潮来(延方郷校)だという。

この延方郷校の跡といわれる場所があまり良くわからなかったが、まずは内田山の麓に建てられたというのでこの内田山を探した。

調べると内田山には現在潮来高校があり、国道51号線の曲松信号に近い場所だ。

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内田山にある潮来高校。

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高校への登り坂の途中に「延方郷校跡」の碑が立てられている。

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そこから山をまくように田んぼのあぜ道のような小道を進むと郷校跡があった。

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山の麓にあるが本当にここに芹沢鴨も学んだというの延方郷校があったのかという思いがする。

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この学校には2000冊近い蔵書があり、当時としてはかなり大きなものだったようだ。
水戸弘道館よりも30年以上前に設立されたという。

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設立されたのは文化4年(1804年)に内田山に孔子を祀った孔子聖廊廟(せいびょう)を建て、文化7年(1807)に大成殿が建てられた。
文化14年(1814)に水戸藩主「徳川斉脩(なりのぶ)」親筆の「至聖先師孔子神位」の位碑(現在「潮来市立図書館」内の郷土資料室に展示)を納めた聖堂を建立した。


潮来 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2015/04/26 18:02
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