潮来と延方(5)-前川の河岸

 先日二十三夜尊と硯宮神社などを紹介した時に昔このあたりは「津知村(つじむら)」と言ったことを書きました。
この少し北に「津知小学校」と言う名前がのこさrていますが、地名としては「辻」に変わっています。

郵便番号一覧表の住所から「津知」と検索すると
・兵庫県芦屋市津知町
・京都府京都市伏見区津知橋町
の2か所が出てきます。

芦屋市の「津知」は国道2号線の旧西国街道から神戸港への分かれ道辺りにあたり、一般的な辻ではあるが湊に出る分かれ道である。湊は昔は津といった。

一方京都伏見の「津知橋(つちばし)」についても京都と奈良を結ぶ重要街道の現国道24号線の交差点付近にある。
湊がどれに当たるかはよくわからないがやはり港への分かれ道にあったように思う。

すると潮来の津知=辻も単なる辻ではなく、湊への分かれ道なのではないかと感じた。
そこで辻から「硯宮神社」の横から「愛友酒造」さんの工場前を通って前川に出た。


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前川にはこのような太鼓橋がかかっていた。

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この太鼓橋の手前に上記のような石碑が置かれていた。
「此のあたり 旧跡上米がし」と書かれていた。
橋の下の川岸には「上米河岸跡」という柱が立てられていた。

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橋の上から前川の上流側を眺めた。(下の写真)

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川の下流側はこんな感じだ。(下の写真)
橋の欄干にはアヤメの模様が描かれていた。
ここから前川アヤメ園までは約1.5kmくらいだろう。

前川は潮来名物の花嫁さんの舟が通るので有名になっているが、このあたりまでは来ないのだろう。

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昔の河岸(かし)は大門河岸 、津軽河岸、天王河岸、仙台河岸、上米河岸などがあったという。
上米は城米とも書いたようなので城を意味知ったのかもしれない。

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今日も予定外であったが急遽銚子に出かけた。
途中前回見損なった所を訪ねて歩きまわった。
おかげでブログ更新が遅れてしまった。

4月だというのに暑い。
山の緑は大分濃くなった。
一部ではあるが田植えも始まっていた。

八十八夜は5月2日だという。
もう天気も安定して寒くなる心配はないのだろうが、やはり今年もまた災害があるのかもしれない。
この冬は全く雪の心配をすることが無かった。
こんな年も珍しい。
夏の暑さが逆に思いやられる。


潮来 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2015/04/28 22:40
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