慈眼寺(浜津賀)

 鹿島七釜の一番南が武井釜だが、ここは鉾田市ではなく鹿嶋市となる。
その武井釜のすぐ南、角折の北に「浜津賀」という場所がある。
ここに国道51号線のすぐ脇に「慈眼寺」というお寺がある。

この寺の場所は合併前は大野村であった。

関東八十八観音霊場の一つ(第34番霊場)だそうだ。
正式には真言宗智山派「神戸山慈眼寺」 本尊は十一面観音だ。

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観音霊場の案内によれば「天平勝宝年間(749~57)僧・満願により鹿島神宮の北方鬼門にあたるこの地に神宮の主祭神「武甕槌神」(タケミカツチノミコト)の本地仏である十一面観世音と大般若経六百巻を奉安する慈眼寺が創建され武将の信仰をあつめた。」と縁起が書かれている。

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一方弘法大師1150年御遠忌記念事業の本堂 書院建立記念碑には

「古佛転法輪の聖地諸天擁護の霊峰なり。 
近隣近郊に多くの寺院を末寺にもち檀信徒修業僧の養成の道場であったと伝えられる。
その開山は室町足利中葉に属し應仁二年遷化せられし第一世祐悟法印の開山なり。
時は流れ第25世宥範和尚に至り、京都御室大本山仁和寺より直末の御墨付を受く大正十五年四月一日野火による災害を受け本堂に延焼せり。 古くは七堂伽藍を擁した寺であった。・・・・・・・・・・」

と書かれていた。
かなり大きな寺だったようだ。

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この道は前にも書いたが水戸から鹿島神宮や息栖神社、香取神宮などを結ぶ街道沿いであった。

このため「鹿島さまに参ったら観音さまに願かけよ」と鹿島神宮参詣後は裏参りと称し参拝者で賑わったそうだ。

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この寺には毎年一月二十一日の大般若会の時に「ご神まわし」の行事が創建以来伝承されている。

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境内には「花の寺」ののぼりがたくさんあった。
東国花の寺百ヶ寺の五十二番で、仏蘭西菊(フランスギク)だそうです。

ただ、他の花(紫陽花など)も綺麗な寺です。

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国道からは少し下った場所で、鹿島灘に近く漁師たちの信仰も篤いという。

鹿島灘はこの夏はサメが現れて海水浴やサーファイン客には大迷惑となりました。
沖合に16匹のサメが確認されています。


鹿島地区 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2015/08/07 21:42
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