今日の霞ケ浦の波は穏やかに

 さて、今日も昨日に続いて銚子に出かけた。

午後から出かけて夜遅くなってしまった。(ある知り合いの通夜があった)

昨夜寒くて夜中に起きてしまったので、寝不足もあり今夜は疲れました。

ここのところブログでとりあげた「大宝八幡宮」は昔「下妻宮」と呼ばれた。

この「下妻」という地名一つとっても奥が深くてとても一筋縄では理解できそうにない。

今日は昔の地形の話を読んでいたが、太古の昔から川、湖、陸地などの地形が大きく変わってきているようだ。

そんなことを考えて地名や地図をみていたらとても面白い地域に見えてきた。

でもこれを掘り下げるのに今のような片手間では・・・・。

でもいつかはまとめて見たい。

下妻、上妻の名前の謂れは?

鬼怒川、小貝川は 絹(布)、蚕飼?

昔この2つの川はつながっていた? 古鬼怒川と125号国道の位置関係は?

瀬戸井街道は何故、群馬県千代田町瀬戸井から始まっているのか?
(瀬戸井街道:瀬戸井から筑波山を経由して水戸までの参拝の道)

もしかしたら利根川、鬼怒川、小貝川は東西につながっていた?

そんなこと考えていると眠れなくなりそう・・・・・・・・・

P8080078s.jpg

今日は眠いからこれくらいで。 今日のブログは単なるつぶやきです。

写真の狛犬は両側に3体づつ。 これも立派。 奥に見えるのは大宝八幡宮の拝殿です。

近況 | コメント(2) | トラックバック(0) | 2015/08/25 23:35
コメント
初めてコメントさせて頂きます。
小貝川、鬼怒川等の河川については、龍ヶ崎市のホームページに詳細なものが、あります。良かったら、参考にされては、どうでしょうか?
熊澤 さま
コメントありがとうございます。

> 小貝川、鬼怒川等の河川については、龍ヶ崎市のホームページに詳細なものが、あります。

サイト:http://www.city.ryugasaki.ibaraki.jp/article/2013081502873/
でしょうか。
「小貝川の治水と洪水の歴史」よくまとめられていますね。

また下館河川事務所のHPでも:http://www.ktr.mlit.go.jp/shimodate/04_ryuik/ko01.htm
歴史などがまとめられていました。

これを見ていると、今年の鬼怒川決壊を防ぐことができなかったのか、とても悔いが残りますね。

絹川(衣川)が暴れ川で「鬼怒川」と書くようになった。
蚕飼川が小貝川となった。昔からこれらの歴史が繰り返されていたようにも思います。

行政の対応でも今回あまりにも判断が甘すぎましたね。
今回の反省も踏まえてきめ細かな防災対策を考えて個人も行動したいと思います。

小貝川の堤防決壊

良かったら、参考にされては、どうでしょうか?

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