赤い靴はいてた女の子

 先週末に横浜の方にいました。

朝、時間があったので山下公園に散歩に行ってきました。

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この「赤い靴はいてた女の子」の像は何時ごろ置かれたのでしょうか?

昔は無かった。

とはいっても私が横浜の本牧に住んでいたのは昭和31年まで。大昔のことだ。

氷川丸もまだこの場所には無かった。

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もちろんこちらのランドマークタワーなどもなかった。

この山下公園は関東大震災の時に出た瓦礫を埋め立ててできた。

それにしてもきれいになった。

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この赤い靴を履いた少女の話は実在の話というが・・・・。
野口雨情は宣教師に連れられてアメリカに渡ったと思って作ったのだろう。

独特の詩情を持つ印象深い歌だ。

この山下公園に置かれた像はあまり大きくは無い。

調べて見ると、昭和54年に建てられたという。

子供のころ | コメント(4) | トラックバック(0) | 2015/09/07 21:31
コメント
No title
こんばんは。「赤い靴の像」が昭和54年建立なのは意外でした。戦前かと思っていたのですが。。。

山下公園が関東大震災の瓦礫を埋め立てられて出来たのも初めて知りました。Romanさんのブログはやはり、ためになります(笑)
竹千代さん
こんにちは。

確かにもっと前からあるようなイメージですね。
歌は昔だけれどこの像はそんなに昔ではない。 
・・・とはいっても36年前と言えばもうはるか昔かも??

> 山下公園が関東大震災の瓦礫を埋め立てられて出来たのも初めて知りました。

これは、この前の東日本大震災での瓦礫処理で話題になりましたよ(笑)
この時に同じように使えたらと思ったのですが、どこも放射能を嫌って処理を引き受けるところがなかった・・・。
複雑ですね。

No title
赤い靴履いてた女の子のきみちゃん像は、横浜の地によく合いますねえ。雨情もこの子が彼の地に行って幸せに暮らしたんだろうと信じてつくったのでしょうね。
麻布十番にも赤い靴履いてた女の子の像があります。まあ、その先の運命を知らないほうがハッピーかもしれません。
AzTakさん
コメントありがとうございます。

近くに行っても山下公園などに立ち寄ることもほとんどなく来たので、やはり昔とは違いますね。
桜木町などのランドマークなどは仕事では何度書きました。
仕事ですからトンボ帰りですので公園にはきませんでした。

この赤い靴の歌はやはり子供心に不思議な歌詞に、何故か想いが膨らんで不思議な気になりました。
実在したとも話は大分後から出てきたように記憶しています。

きみちゃん像もあちこちにできたようですね。やはり横浜の港が似合うように思います。
ハイカラさんなイメージとどこか悲しそうな少女の姿がマッチするのでしょう。


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