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姨捨山

今日は昨日に比べれば朝は少し寒かったが、昼間は思ったよりも暖かくなった。
花粉を気にしながら山道を散策したりすることもあり、これからは少し出かけるのが躊躇われる。

1週間ほど前に、筑波山の隣りの足尾山について書いてきたのだけれど、調べだすと最初に思っていたよりも気になることが多い。

一つづつ紐解いていきたいのだが毎日書くブログでは時間が限られて表面を少しなでることくらいしかできない。それでもわかったことだけでも書いて行こうと思う。読まれる方には物足りないこともあろうが、気楽にお付き合いください。

 さて、この山を小初瀬山・小泊瀬山などと呼んできた。
石岡の恋瀬川も昔、小初瀬川・小泊瀬川などと呼んでいた時期があるという。もちろん鯉川、表側、信筑川などとも呼ばれ昔から親しまれてきた川だ。

小初瀬山はふりがなをふるとオハッセまたはオバッセとなる。
問題はこのオバッセが「姥捨て」となったのではないかと気になるのである。
長野県千曲市の近くに「姨捨山(おばすてやま、うばすてやま)」という山がある。

姥ヶ峰、爺ヶ峰伝説が、筑波山の東側、石岡市の旧八郷町小幡の十三塚に残されており、八郷町誌などでも紹介されている。その内容は
「昔、この場所を通った婆さんと爺さんが追い剥ぎにあい、必死に逃げたが殺されてしまった。そこで村人が石仏を作り、春と秋の彼岸に供養法要を営んだ。そしてこの石仏を抱くと子宝に恵まれるという言い伝えが残っている。このため抱き石とも呼ばれる」
というものだ。
 場所はケーブルカーの乗り場「つつじヶ丘」の下「風返峠」から尾根のパープルラインを少し東に行った場所でそこに媼ヶ峰(ばあがみね)駐車場とその奥の高台に赤い鳥居があり子授け地蔵が祀ってある。
そこの「抱き石」を抱くと子供が授かるといわれています。


姥ヶ峰は古来から筑波山の名所のひとつとして「筑波山恋明書」に”姥かみね”と記載されているといいます。昔から信仰の領域であったと思われます。
この名前からやはり「姥捨ての山」とも呼ばれていたのかもしれません。
調べればきっと何か出てきそうに思います。この話と山の名前との関係はたぶん名前が先で話は後からできたのではないかと思っています。
 
 

八郷地区 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2011/02/26 18:33
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