石岡の旧町名とまつり

石岡市内の丸三そば店さんの店内に「石岡のおまつり」の年番表が飾られていた。

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「石岡のおまつり」の歴史は比較的浅く明治35年に考え出されたものである。

そしてその時に市内の旧町(守木・大小路・土橋・木之地・金丸・守横・富田・仲之内・宮下・青木・幸・国分・中町・若松・泉・香丸)の十六の町で1年ごとに順に年番を持ち回りで開催することにしたのです。

しかし途中で木之地が脱退して15の地区で持ち回りしています。

ここに掲げられた看板と現在町で表示している旧町名の表記が異なっている個所がたくさんあります。

守木 → 森荷
木之地 → 城之内
守横 → 茂里横
青木 → 大木
中 → 仲
若松 → 長法寺


となり、昔の表記にこだわっていたのが読み取れます。

特に長法寺は昔の若松町にあった大きな寺で町名は江戸時代(宝永年間(1704-1711))に長法寺町から縁起の良い名前にするということで若松町に変更になっています。

また明治3年に起きた500軒程が焼失した火災でこの長法寺は灰になりその後再建されずに消えて行きました。

しかし長法寺町と言う名前が消えたわけでもないようで、時々その名前が出てきます。

特にお祭りを考え出した人達は何処かこのような古い名前を使いたかったように思います。
作った時にあった名前を使わずにあえて更に古い名前を引っ張り出したような感じです。
まあそんなところにこだわっているから昔から考え方が変わらないのかもしれませんね。

まあ少し気になったので記事に残しておきましょう。



石岡のおまつり | コメント(0) | トラックバック(0) | 2015/11/04 20:56
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