銚子の街中散策

 先日銚子に行った時に港ではなく、少し街中を散策しました。

銚子と言えば漁港と醤油ですが、醤油も「ヤマサ」と「ヒゲタ」の2つがあります。
工場見学もできるようですが、これはまた時間のある時にして、銚子の市役所に立ち寄りました。

市役所内部も見たのですが結構古めかしい感じです。
入口に臨時の交番が開設され、振り込め詐欺などの相談をやっていました。

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市役所の敷地の外れに「ヒゲタ醤油工場跡」という碑が立っていました。
昭和48年までヒゲタ醤油の醸造工場があった場所だそうです。

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そしてこの市役所から駅前通りに出た所に「ヒゲタ醤油銚子事務所」があります。

現在のヒゲタ醤油の銚子工場は駅の反対側「八幡町」にあります。
現在の市役所のところに昔工場があり、現在この中央町には事務所と研究開発部門の建物があるようです。

ヒゲタ醤油は元和2年(1816)に元祖、田中玄番がたまり醤油作りを始めたかなり古い歴史があります。(銚子醤油)
銚子にはこの田中家(ヒゲタ印)と深井家(カギダイ印)、濱口家(ジガミサ印)の三家があり醤油造りが盛んに行なわれてきました。

この濱口家は和歌山からやってきたヤマサ醤油の初代濱口儀兵衛で、1645年に銚子で操業します。

和歌山でも醤油業をやっており、この初代濱口儀兵衛の兄が濱口吉右兵衛で和歌山で醤油業をしていました。
その和歌山の濱口吉右兵衛の9代目の弟がこの初代濱口吉兵衛です。

そして、明治39年に初代濱口吉兵衛が「田中玄蕃の出蔵(でぐら)」が売りに出た時、「濱口儀兵衛」の勧めで買い取り、大正3年銚子醤油合資会社を設立しました。

昭和51年に社名変更でヒゲタ醤油の社名となっています。野田の野田醤油(現キッコーマン)と資本提携をしてその後一度解消し、現在また資本提携しています。

ヤマサもヒゲタも工場見学が無料で、予約も不要らしいのでもう少し調べて今度行って見たいと思います。

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この銚子駅前通りも電線が地中化されて広々した通りです。
しかし広い通りの片側などは駐車が許されているらしく何時も車が並んで停められています。

この角に創業1857年の老舗蕎麦店「島彦本店」があります。
ここで昼食を食べようとしていたのですが水曜日はお休みのようでした。

またの機会にしましょう。

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もう少し観音駅の方に行ったところにヤマサ醤油の大きな工場があります。

その敷地の港側に大きな濱口家の建物がありました。

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この濱口家の屋敷の隣に小さな公園「末広町公園」があります。

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この公園入口に「興野幼稚園跡地」という石碑が置かれていました。

ここに興野幼稚園が1952年~1965年あったようです。
その後近くの小学校敷地脇に移り、平成18年3月に閉園となってしまいました。

移り変わりを感じますね。

ヒゲタ醤油の濱口吉兵衛は国会議員に進出して、この銚子港の整備にかなり力を注ぎ現在港近くに銅像が立っています。
前にだれの銅像だろうと前を通ってもいるのですが、今回調べてわかりました。


銚子 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2015/11/14 19:30
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