佃煮創業の碑(行方)

 霞ケ浦の北岸沿いに走る国道355線の行方市の麻生地区の通り沿いに神社があり、ここに「佃煮創業の碑」という石碑が置かれている。
場所は行方市粗毛(ほぼけ)にある「上羽神社」の境内に置かれている。

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佃煮はもちろん江戸の佃で始められたもので、ここにあるのは、この地の出身者で奥村吉郎という人物が、明治維新直後に江戸で佃煮製法を習得して郷里に戻り「ハゼ」の佃煮を作ったのがこの霞ケ浦や北浦での佃煮創業の始まりとなったのだそうだ。

明治10年の西南戦争で、将校の食料としてこの佃煮が脚光を浴びこの霞ケ浦周辺で佃煮作りが広まったそうです。

いまでも霞ケ浦の佃煮は名物として定着しています。この石碑は明治34年6月の建立です。

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神社は「上羽神社」と言います。

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拝殿の裏にはまったく同じ大きさの神殿様式の本殿が2つ並んでいます。
これは「上羽神社」と「稲荷神社」でそれぞれ大己貴命(おおむなちのみこと)と倉稲魂命(うかのみたまのみこと)を祀っています。

現地説明板によれば「創祀はあきらかではないが大正元年、村社となった。2月初午の日に「おかけ講」が行なわれ、11月3日には例祭が行なわれている」と書かれている。

さて、「おかけ講」とは何だろう? 私はあまり聞きなれないが・・・・
初午に行なうので稲荷神社のは初午祭りに関係した行事だろう。

地元の講中があるのかもしれない。

麻生 | コメント(2) | トラックバック(0) | 2015/11/15 20:22
コメント
No title
こんばんは。
「粗毛」=ほぼけ・・・難読地名ですねi-230

霞ヶ浦の佃煮が西南戦争と関わりがあったとは知りませんでした。勉強になります^^;
竹千代さん
コメンtpありがとうございます。

> 「粗毛」=ほぼけ・・・難読地名ですね

そうですよね。
私も通る時に漢字の地名は目にしていたのですが読めませんでした。
調べて見ると「崖が崩(ほう)ける」と言うことから来ているような説が書かれていました。
でもあまりこの地形からは想像しにくい場所ですが・・・・。

> 霞ヶ浦の佃煮が西南戦争と関わりがあったとは知りませんでした。勉強になります^^;
看板に書かれていたことの押し売りです。
薩摩とは遠く離れた土地ですから詳しくは調べて見ないとわかりませんね。

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