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筑波四面薬師(4) - 東城寺(土浦)

徳一法師が筑波山のまわりに配置した四面薬師。石岡の薬師二か所を紹介してきましたが、残りの二か所は土浦市ぼ東城寺と桜川市の椎尾薬師(薬王院)です。

 今日は土浦市の朝望山東城寺を紹介します。先日東城寺の経塚を紹介しましたが、今日は筑波四面薬師としての東城寺です。
場所は現在トンネル工事中の朝日トンネルが開通すればすぐ近くになります。今は上の峠を越えるか、山を廻っていかねばなりません。
土浦市といいますが、昔の新治村です。小町の里からすぐに行けます。

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<朝望山東城寺の山門(仁王門)>

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山門をくぐって進むと、両脇の木々の根がむき出しとなって連なっていました。多くの人が歩いて道が沈んだ歴史が見えてきます。

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そのまま行くと、寺の境内に続く古い石段が続きます。今は脇に車が通れる道もついていますが、やはりこの石段を登らなければ趣がなくなってしまいますね。

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石段を登ると、すぐに寺の鐘楼が見えます。

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寺伝によれば、延暦15年(796年)に桓武天皇の勅願によって、最仙(最澄の高弟)が天台宗の寺として創建したといいます。
その後、鎌倉時代になり小田氏の庇護を受け、真言宗に改宗しました。
江戸時代に土浦藩の土屋氏の庇護を受けて、寺の名前を「東成寺」から「東城寺」に改めたといいます。

本殿は平成9年(1997年)に火災で焼失し、7年後に建て直されました。
平安時代中期の作といわれる薬師如来坐像と日光・月光菩薩(薬師三尊坐像)が県の指定文化財になっていたのですが、今はどこにも案内がありません。一緒に焼失してしまったのでしょう。とても残念ですね。
聞いてみるとどうやら放火による火災であったとも聞きました。

しかし、寺の本尊は今も薬師如来です。新しく造られたといいます。

寺には別に鎌倉時代の作と言われる「広智上人坐像」が寺を再興したとして祀られていました。

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 さて、筑波四面観音は徳一法師が配したものと考えていましたが、ここ東城寺は徳一法師の名前は出てきません。創建が796年です。
徳一法師の筑波山中禅寺を開いたのが782年ということでしたが、会津の恵日寺を建立した(弘仁五年(814)といわれる)後に常陸国にやってきたという説もあるので、もっと時代が遅かったのかもしれません。
また、この薬師についても、山の中腹に、小さな堂宇でも建てたのかもしれませんね。

この近くの古寺「清滝寺」は竜ヶ峰(中央青年の家へ上る桜並木のある場所)に徳一法師により創建され、後に古観音(山の中腹)に移され、戦国期に焼失したが、享保年間に今の場所(小町の里入口奥)にて再建されたといわれています。また後で写真なども紹介します。

それにしても徳一法師については謎が多いです。これは山岳信仰に基づいていることに関係があるのかもしれません。
 

筑波四面薬師 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2011/03/02 19:41
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