小栗の里散策(11)-にひばりの里

 新治廃寺跡に隣接して古びた神社があり、そこの「にひばりの里」というおおきな石碑が置かれている。

日本武尊(ヤマトタケル)が東征を終えて岐路につくときに、甲斐国の酒折宮で詠んだという有名な歌がある。
これが初めて連歌であることで、そこには「連歌発祥の碑」がある。

その有名な連歌は
日本武尊: 新治 筑波を過ぎて 幾夜か寝つる
焚き火番の老人:日々(かが)並(なべ)て 夜には九夜(ここのよ) 日には十日を

これも単純に読めば、「新治・筑波をでてから幾晩寝ただろうか」「指折り数えて見れば、九晩十日です」などと言うことなのだが、何か不思議な歌ですね。

この新治がこの辺りだと言うのでしょうか?

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この新治は古事記では「邇比婆利(にひばり)」とあり、和名類聚抄に爾比波里(にひはり)」と書かれている。
このため「にひばり」または「にひはり」と読むのが良いのかもしれない。

この新治郡は茨城県の中でもあちこちに飛び火して新治郡、新治村などと色々できているがこれらはほとんど「にいはり」とよむ。
群馬県にも新治村があったが、こちらは「にいはる」と読んだ。
越後や上州などでは「にいはる」の方が地方の言葉としてもしっくりするので語源は同じなのかもしれない。

むかし、この新治郡の名前の変遷はブログ記事に書いた。(こちら

これは「茨城」の名前の謂れを書いたものだ。(こちら
石岡駅に「茨城県名発祥のまち」という看板がかかっていることに疑問を呈したものだ。

こんなことも懐かしい。

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小栗の里散策として続けてきた記事はここで終わりです。

もう少し真壁や石岡府中などとの関連も調べて見たいのですが、今はまだ記事にできるような知識もありません。
それはまた後日に譲りましょう。


小栗の里散策 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2015/11/30 19:58
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