天皇陛下が陸軍軍事演習の統括に立った御野立所は眺めの良い山の上だった。

 昭和4年の3月14日の風の強い日に石岡市内で起こった火災は瞬く間に市街地の半分近くを焼きつくす記録的大火となった。

まだ今の6号国道は通っていない時であり、現在の街中を走る355号線が水戸街道のメイン通りであったが、この通り沿いの商家が出荷して北西側からの強風にあおられて多くの家が灰となった。

商都でもあった石岡の町は復興も早かったが、同じ年の11月に四万騎ヶ原から広がる草原などで陸軍の大演習を行うこととなり、そこを統括するために昭和天皇が来ることになった。

石岡の街はまだ焼け野原でてんやわんやであったが、石岡駅前通りは前年から用地買収などで道路拡張が決まっていたため、この天皇が大火見舞いと合わせて石岡にやってくるということで、約1か月前の10月に広い大通り(八間通り)の舗装が完成した。
そして名前も「御幸通り」と呼ばれるようになった。

焼け跡などは大急ぎで布で覆ったりしてあまり見せないようにしたらしい。

この時に昭和天皇が陸軍の演習の見た場所が今回紹介する「御野立所跡」である。

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場所は石岡市とかすみがうら市との市境の小さな山で雪入りの山から続いて尾根の先端部で「権現山」である。
標高は99.5mと100mにも満たない。
しかし、登って見ると実に見晴らしが良い。
こんなに町が見えるとは思ってもいなかった。

P1050013s.jpg

今はここに御野立所の石碑が立つ。
なかなかこの場所に来る機会がなかったが麓の果樹園近くに車を停めて登った。
運動していないのですぐに息が切れてしまった。
まったくだらしない・・・・  でも思っていた以上に見晴らしがよくて驚いた。

P1050012s.jpg

この場所は御野立所の碑があるだけかと思っていたが意外に面白かった。
もう少し記事を明日に続けます。

今日はふるさと風の会会報の今年初めての印刷日で、今回で116号になった。
毎月1回発行していて、今年5月で120号=10年となる。

10年を記念して何かやろうとしているが、そうなればまた誰かに原稿をお願いしなければならない。

志筑・かすみがうら地区 | コメント(2) | トラックバック(0) | 2016/01/09 21:38
コメント
No title
たぶんご存じだと思いますが
天皇陛下といえば今の杉並にあったとされる杉林の話
地元の人から聞いた話ですが
石岡に陛下が来られるということで
当時にあった杉林を全部伐採したそうです
詳細は解りませんが
今もその杉林があったら石岡への観光も。。。
お知らせありがとうございます
> 天皇陛下といえば今の杉並にあったとされる杉林の話
> 地元の人から聞いた話ですが
> 石岡に陛下が来られるということで
> 当時にあった杉林を全部伐採したそうです

その時に伐採したものだということは知りませんでした。
前に直接まだ覚えておられる方に聞いたことがありますが、旧水戸街道に植えられた
杉並木も列車からも良く見えて石岡のシンボルでもあったようです。
しかし昼でも薄暗く夜には歩くのも少し怖いくらいだったといいます。

近代化の波が押し寄せていた時でもあり、これらの保存を考えることより発展を望んだのでしょう。
しかしこれからは色々まだ残されているものをどのように守っていくのかも議論しながら進めて行きたいですね。

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