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清滝観音(小町)

 先日朝日トンネルの向こう側「小町の里」を紹介しましたが、ついでということでここに板東三十三ヶ所霊場第二十六番札所である「清滝観音」があり、行ってみました。
小町の里へは何度か行ってお蕎麦を食べたりしておりましたが、古いお寺があることは知っていましたが寄る機会がなかったのです。

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筑波山へのパープルラインと小町の里の分かれ道に「坂東二十六番霊場」の石碑が建っています。
この道を真っ直ぐ奥の方に進めば「清滝観音」です。バックの山は筑波山へ続く尾根道でパープルラインが走っています。

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寺の入口の石段。この上に山門があります。

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江戸時代(天保年間(1830~44))の山門(仁王門)は見ごたえがあります。

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現地の案内板によれば「推古帝15年(607)に竜ヶ峯に創建され、大同年間(806-810)徳一上人により古観音に移されたと伝えられる真言宗の寺です。七堂伽藍を備えた大きな寺は、天正年間(1573-1592)小田氏・佐竹氏の兵火により焼失し、江戸時代に現在地へ再建されたと伝えられているが、昭和44年(1969)本堂、昭和48年(1973)仮堂が火災にあい、現在の本堂は昭和52年(1977)に再建されました。江戸時代に建てられた山門が昔日の面影を残しています。 環境庁・茨城県 」となっています。

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兵火による焼失はやむを得なかったとも思いますが、昭和の火災はとても残念です。
この清滝観音も近くの東城寺(筑波四面観音)もともに火災で文化財が焼失してしまいました。
原因は何だったのでしょうか。不審火による昼火事だというのだが・・・。とても残念ですね。

 この寺の創建は「竜が峯」となっています。この地はここよりも少し東側の青年の家に登る桜並木の辺りでしょうか。この桜も有名です。また徳一上人が移した場所が後から「古観音」と呼ばれるようになったものと思いますが、山の中腹で観音堂の所在を示す礎石が残っているといいます。
どの辺りなのでしょうか?
 

筑波・土浦・牛久地区 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2011/03/11 19:57
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