銚子にも御野立所があった。そこは昔は風光明美であったが今は港湾が整備されて奇岩が消えていた。

 今日は成人式で休日でしたが、私は仕事で銚子にやってきました。
休みは道路も空いていて予定より早く港に到着しました。

そのため港を通りこして犬吠崎の方面に少しだけ行ってみました。
そしてこの港の先端の千人塚から普通の通りは右に曲がっていくのですが、今回は左側を走っている海寄りの道へ入って見ることにしました。
この道はあまり観光客などの車は通らないと思います。
すると道路沿いに小さな公園があり、そこに何か書かれた看板のようなものが見えました。
そして車を停めて立ち寄りました。

するとそこにある石碑に「御野立所の碑」と書かれています。

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そこに書かれていた説明では
明治44年に皇太子であった後の大正天皇がこの銚子を訪れ、ここの浜の奇岩・荒磯・風光明美に感銘を受けた場所だったといいます。
そして大正天皇が即位したことを記念してここの場所から150m程西の千人塚の裏手に碑を建てたが、工事で移転せざるを得なくなり、昭和28年にこちらに移したものだそうです。

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すぐ目の前の海は今では港湾として整備され奇岩・荒磯などの名残はあまりないが、昔はきれいだった場所なのだろうと思う。
千人塚などという多くの人が犠牲になった津波や難破などの災害や事故も多かったが、景色も良かったのだろう。
(千人塚については以前記事を書いています。 → こちら

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(千人塚。碑はこの左側の道路を少し進んだ右手にある。)

今でももう少し犬吠崎側に行けばたくさんの奇岩が波に洗われています。

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この御野立所の碑のある公園にはもう一つ変わったものが置かれています。
「銚子古銅輝石安山岩」と岩に彫られています。

説明によると「昭和40年始めごろ、銚子の利根川河口には古銅輝石安山岩とよばれる岩石が噴出しているのが見られました。しかし、利根川河口の港湾工事によって消滅してしまう恐れのあることから、岩石の一部をこの公園内に移築しました。
この岩石は、地球を構成するマントル内で溶けてできた安山岩質のマグマです。・・・・・・・・・・
今からおよそ1100万年前の新生代の中新世と呼ばれる地質時代に噴出されたという説がありました。・・・・」

屏風岩といい、銚子は地質学的には面白い物の宝庫のようです。

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銚子ジオパーク | コメント(0) | トラックバック(0) | 2016/01/11 22:30
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