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筑波古道 - 府中街道(3)

 本日2度目の投稿になります。府中の愛宕神社も興味はありますが、また後で調べましょう。

 筑波山(寺・神社)への古道のもっとも古い道は、府中(石岡)から小幡を通り、十三塚から登る府中街道で、2月頃紹介しましたが、この小幡と石岡(府中)を繋ぐ道は、今では当然柿岡を通っている道が思い浮かびます。
しかし、奈良時代にはこの道ではなく、閑居山の方から登っていたとの記述があるようです。
では何処を通っていたのでしょうか。

石岡から恋瀬川に沿って少し上流にいくと「五輪堂橋」という橋があります。

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この橋は、大雨が降ると良く通行止めになるような比較的低い、短い橋です。

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この橋を渡ったところが五輪堂という地名で、石岡市街地側から行くと一旦かすみがうら市に入り、この橋を渡るとまた石岡市に入る変則的な地形になっています。


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この橋の手前に恋瀬川のサイクリングロードが走っていますが、その麓に馬頭尊が建っていました。



五輪堂という地名なので、何か昔のお堂があるように思ってまわりを探してみたのですが、近くに前に蕎麦屋で紹介した、昭和4年に天皇陛下が軍事演習した「御野立所」があるだけで、この名前のお堂は見つかりませんでした。

しかし、何かあるはずなのだが・・・。調べるとここに縄文時代の遺跡があるとの記事を見つけましたが、詳細は不明。
万葉の頃は常陸国府からこのあたりで恋瀬川(当時は表川とか志筑川とか?)を渡っていたと思われます。

そして、間居山から半田~月岡~小幡~十三塚~風返峠~白滝~東山~筑波山(女体山)の道を通っていたのではないかと想像しています。

今では、その頃の昔の道をたどるのは少し困難そうですが想像しながら楽しみましょうか?

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筑波古道 | コメント(2) | トラックバック(0) | 2011/06/16 22:06
コメント
No title
ROMAN様
ゴリンドウ、と言うのもおそらく45年振りに聞きました。なんだっけ?とかすかな記憶を辿りましたが、多分小学校三年の時の遠足先だと思えます。4年が加波山だったか。
5173
ガラミドウは全く知りませんでした。茨城マツダの裏のお墓、でしたね。
してみると、国分寺中心に堂塔立ち並ぶ一大信仰
エリアだったのですね。これでようやく安産不動
産のところにお墓がある必然性が理解できました。
国分寺中心の堂塔、門前市、要路とあれば、馬
市が泉町に立つのも当然ですね。
湧き水、小川があり稲作にも最適な場所の坂上と
は当時の一等地だったのだろうと想像するのも
楽しい。
これ分ったのはかなり快感です。

有難うございました。
Re: No title
行徳様
ガラミ堂は私だけかと思いましたが、意外に知られていないのですね。
昔の地図をみるとガラミドウ墓地は千手院の敷地ですから、この寺院の墓地かもしれません。
もっともっと知らない事がたくさんありそうです。
湧水といえば、このすぐ近くに府中六井の一つ「杉の井」がありました。
ついでに見てきました。今度また紹介できればと思います

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