千葉県東庄町にある古社「小野神社」は牛頭天王社だった。

 昨年12月半ばのことだが、香取周辺の古い神社リストなどを調べていた。
まあ銚子に行く途中でよるので遠くはいけないので、今までこの辺りもたくさん訪れていたのだが、その中で一つまだ訪れていない古社(神社)があった。

それが東庄町小南にある「小野神社」だ。
何の予備知識もなくただ創建が古そうだということくらいしかわからずに立ち寄った。

今までこの付近は通ったことが無く、なぜぜ昔この地が「小野」と呼ばれたのか・・・・。
こういうことにすぐ興味が湧く。
小野というのは日本のかなり古い氏であり、小野妹子、小野 篁(たかむら)、小野小町窓が有名だが、小野 篁が陸奥国へ行く時にこの辺りに来たということもあるかもしれない。

9世紀初め頃に陸奥に行くのにどのようなルートを通っていたのか興味が膨らむのだ。

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なかなか古い趣のある神社です。

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入口に由緒の説明看板がありました。

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「天安元年(857)文徳天皇の御代、この地を小野郷と称していた頃、里人、相はかり、悪疫退散の守護神として、尾張国、海東郡、津島牛頭天王宮より御分霊を請い、小南字林作の地に祠を建てたと伝えられている。
後、建久8年(1197)当時の領主・東六郎胤頼公の祈願に依り、現在地へ社殿を造営し、御遷座をされ、牛頭天王宮と称したと伝えられている。
 明治の神仏分離に因り、牛頭天王宮を津島神社と改称し、建速素戔鳴尊命を御祭神とする。明治44年、他の社を整理し、大己貴命ほか5柱の神を併せ祀る。
大正9年5月、村社に列格される。なお、大正15年12月、この地の古名を採り、小野神社と改称する。」

なかなか面白いことが書かれています。そのまま転記しました。

津島の現在津島神社は明治維新前は全国の天王社(牛頭天王を祀る)の総本山でした。
これは神社ではなく寺なのですが、お祭りとして祇園祭をやっていました。
江戸時代の祇園祭は京都の八坂神社とこの津島の祇園祭が双璧でした。

しかし、明治になって寺を壊して神社を残すという強権令が出され、この津島の天王社は「津島神社」となり、祭神も牛頭天王と同じとされた素戔鳴尊を祀るようになったものと思われます。

石岡にも中町の中心に「(牛頭)天王社」(八坂神社)がありましたが総社宮に合祀されました。

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神社拝殿

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拝殿裏の本殿。立派です。

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境内社(淡島神社)

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入口近くの建物(社務所?)

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神社境内の境にあるイチョウの古木。樹齢は不明だというがかなりの古木だ。
その他にマキの古木もある。

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この辺りはあまり知られていないようで、まだまだわからないことが多い。
まわりに比べてこの小野神社の周りはかなり古いようだ。

明日はこの近くの気になった寺を紹介します。




小見川・東庄 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2016/01/23 21:12
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