じゃかもこじゃん考(3)-田楽と猿楽

 じゃかもこじゃんというお祭りについて勝手な推理を進めていますが、まだはっきりまとまらずに書き始めていますので思うように先に進めません。

まずはここ土浦市東崎町にある鷲神社(鷲の宮)の様子をもう少し紹介しておきましょう。

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境内に入ってすぐ右側に「久松五右衛門翁之像」が立っています。

久松五右衛門は土浦の街の発展に寄与した人物だそうで、霞ヶ浦岸の蓮河原地区の耕地整理組合長として桜町などの開発に多大な貢献があったそうです。

阿見の予科練(霞ケ浦航空隊)などの歓楽街として桜川沿いの湿地帯を一大歓楽街として整備したようです。
歓楽街といえば風俗などもここに集中し、私が会社に入った頃(40年ほど前)はまだ近づくのが少し怖い場所でした。
まあそこに足しげく通う兵もいましたが・・・。

今ではすっかりその姿は薄れています。

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鷲神社拝殿。

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拝殿の扁額

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市指定有形文化財の力石3個。
これはかなり大きいです。
多くの神社にある力石より大きいので持ち上がらないのでは??

力石は力自慢だけでなく、商売などをやっていたところでは持ち上げた高さによって給金を決めていたところなどもあったそうですが(飯岡助五郎の逸話)、ここではどうだったのでしょうか。

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本殿。 かなり凝った彫刻が施されています。
何時頃の物か? 少し色あせています。

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境内には弁天池と上の写真のような小山が築かれ、不動明王?像が祀られていました。

さて、神社の様子はこんなものですが、室町時代にこの神社がこの地に建てられたとして、この味噌おでん(田楽)を食べる風習との関係を考えて見ましょう。

まずこの「おでん」が田楽からきているとして、田楽とは何でしょうか?
私もよくわからないので少しずつ調べながら書いていきましょう。

まず「田楽」を語源由来辞典で見て見ると
「平安時代におこなわれていた「田楽」という芸能に由来する。
豆腐を串に刺した形が、踊る芸人の姿に似ていたことから名付けられた。
芸能として「田楽」は、田植えの際に豊作を祈る「田舞(たまい)」が発展した芸能で、鎌倉末期まで流行したが室町後期には衰退し、現代では民俗芸能として神社などで行なわれている。」
と書かれています。

さらにWikipediaでは
「田楽は平安時代中期に成立した日本の伝統芸能。楽と躍りなどから成る。「田植えの前に豊作を祈る田遊びから発達した」「渡来のものである」などの説があり、その由来には未解明の部分が多い。」
と書かれています。

さて、この田楽と同じようなものとして、もう一つ、能の起源といわれる猿楽(申楽)があります。
こちらをWikipediaで調べて見ましょう。

「猿楽(さるがく、猿樂)は、平安時代に成立した日本の伝統芸能。能は江戸時代までは猿楽と呼ばれ、狂言とともに能楽と総称されるようになったのは明治以降のことである」

「散楽(さんがく、散樂)、申楽(申樂)とも書く。読み方は「さるごう(さるがう)」とも。演者(狂言含む)は座頭級のものを楽頭、太夫、一般の座員を猿楽師、または単に猿楽とよんだ。申楽の表記は世阿弥の伝書で使われる。世阿弥は猿楽の起源を綴った『風姿花伝』「神儀云」で、「上宮太子、末代のため、神楽なりしを、<神>といふ文字の片を除けて、旁を残し給ふ。是日暦の<申>なるがゆえに<申楽>と名づく。」として、猿楽は本来神楽であり、神の字の旁を用いて申楽と書くのが正しいと解説している。もっとも、これを誤りとする説もある」
「現在能楽と称されている芸能の起源について正確なことはわかってはいないが、7世紀頃に中国大陸より日本に伝わった日本最古の舞台芸能である伎楽や、奈良時代に伝わった散楽に端を発するのではないかと考えられている」
などと書かれています。

わかったようなわからないような・・・・・・。

さらに「散楽が含む雑芸のうち、物真似などの滑稽芸を中心に発展していったのが猿楽と言われる。当初は物真似だけでなく、散楽の流れをくむ軽業や手品、曲芸、呪術まがいの芸など、多岐に渡る芸能を行った。平安時代中期頃より、神道的行事が起源の田楽や、仏教の寺院で行われた延年などの芸能も興り、それぞれ発達していった。これらの演者は元々農民や僧侶だったが、平安末期頃から専門的に演じる職業集団も成立していった。」

「平安時代には中央的でなかった猿楽であったが、室町時代になると寺社との結びつきを背景に、延年や田楽の能(物真似や滑稽芸ではない芸能)を取り入れ、現在の能楽とほぼ同等の芸能として集大成された。」

などと書かれている。

さて、これらの事を調べて行くとさらに深みにはまりわからなくなります。
私は専門家でもないので、こんなことをまともに理解することはできそうにありません。

ここでは「じゃかもこじゃん」が何故「味噌おでん」や「代々神楽」なのかを考えているだけですので、あまり深く追求するのはこれくらいにして、「おでん」や「神楽」が「田楽」「猿楽」「能」などと関係が深く、室町時代頃に盛んに行なわれ、色々な芸能に発展したり、神社など伝わり地域芸能として受け継がれてきたということがおぼろげながら浮かんできました。

では、能の基は猿楽というので、やはり能を大成した世阿弥を知らなけれなならなそうです。

続きはまた後ほど・・・・。

じゃかもこじゃん考 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2016/02/06 21:54
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