廻戸稲荷社?

 阿見町の廻戸(はざまど)神社を紹介しているのですが、奈良~平安時代ころまでは鹿島大神という考え方があったようです。
健御雷、經津主、天兒屋根を一つの神としてまとめて祀る。

やはり少し変ですよね。物部の神といわれる經津主(香取神宮の神)と鹿島神宮の神が一体になったようなところに藤原氏の祖神を加えて同じような神格にした?

しかし時代が経つにつれて鹿島神社、香取神社は分かれて行った?

今ではこの三神が一体というようなことはほとんど考えられなくなってしまった。

さて、この廻戸の台地の神社裏に一つの寺らしきものがありました。
国土地理院地図では寺の卍のマークが書かれています。

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予科練平和記念公園の前の通りから廻戸神社の裏側にまっすぐの道があります。
ここから正面に上に登る石段が見えます。

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台地の上の貝塚跡に書かれた説明には「稲荷社」という表示がありましたのでこの寺のことかもしれません。
稲荷というと神社と思われますが、豊川稲荷のような寺もあります。

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階段を上った上には民家のような建物がありますが、その隣にこのようなお堂?があります。

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お堂の前にはこのような地蔵様がおかれています。

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四国八十八か所霊場七番「十楽寺」 文久二年(1862)

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古い五輪塔などがおかれています。

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昔は神・仏融合の時代も長くありましたので、伏見稲荷のように神社となり位が正一位(人間ではこのくらいになれない)になり、全国の稲荷神社が皆この位がほしくて伏見稲荷から分霊してもらって正一位を名乗っているのです。


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お堂の中にはこのような石像がおかれています。

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この入り口階段上から霞ケ浦がきれいに見渡せます。

この寺の説明はいろいろ調べてみたがわからなかった。

今日は朝から銚子に出かけて、夜8時過ぎに戻った。
食事をしてお茶を飲んだりしていたらブログを書く時間が無くなってしまった。
まとまりはないがそのままUPしておきます。
毎日書くとなるとやはり大変だと思うことも増えた。

明日は雨か?

阿見・美浦・稲敷 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2016/05/26 22:30
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