戸田神社(香取市)

 香取神宮のわきを通って県道55号線をそのまま進むと赤い鳥居がたくさん連なる「多田朝日森稲荷神社」を通ります。
そしてそのまま旭市に向かって進んでいったところに大きな鳥居がありました。

何か由緒がありそうな神社が山の上にありそうです。

そこで車を停めて立ち寄ることにしました。

神社は「戸田神社」となっていました。
場所は旧山田町の米野井となっています。


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由緒が載っていますが、驚くべきことに創建は天平8年(736)とのこと。

祭神は大国主命だそうだがこの説明では戸田大神となっている。
調べると出雲国の「杵築大社」を勧請したので大国主命を祀るものだという。

十二年に一度の式年神幸祭が行われ(子年)、前回は2008年であるので次回は2020年の子年。
神幸祭ではこの神社から利根川まで(阿玉川地区)行ってお浜降りの儀式が行われていたという。

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これだけの大きな神社だが社務所はなく無住のようだ。

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社殿は正徳5年(1715)に再建されたものでかやぶき屋根などを含め、明治36年に改修されたという。

これだけ興味深い神社だが説明があまり紹介されていない。

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この近くに長谷寺・観音堂があったようだが、もう少し詳しく調べてみないとその姿が見えてこない。

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本殿もかなりしっかりしたものと見える。
この場所が現在は香取市ではあるが合併前は「山田町」であったせいなのかもしれない。
山田町にもいくつか興味深い神社や寺がある。

廃仏毀釈で寺がつぶされてしまったのかもしれない。
長谷寺との関係も興味がある。
また少し行ったところに「徳星寺」という比較的大きな寺もあった。(今回は立ち寄らなかった)

また阿玉台貝塚や府馬の大クスなる古木もある。
大昔には香取海から入り込んだ大きな内海が近くに広がっていたはず。

どんな景色だったのだろうか。

以前の府馬の大クス(こちら)や阿玉台貝塚(こちら)や久保神社(こちら)などを紹介した。
どこかでつながりそうである。


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境内に並べられた道祖神の祠?

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この高台の下は昔は内海だったはず。
どんな景色が広がっていたのだろうか。

香取地区 | コメント(2) | トラックバック(0) | 2016/06/06 21:33
コメント
いつもありがとうございます。
はじめまして。
3~4年ほど前からいつも拝見させていただいております。
私は大阪府の出身で、東京都江東区と墨田区の境あたりで現在単身赴任5年半です。
バブルの頃、東京にいましたが、21年ぶりに再び東京に来て北関東のことは何も知らないので、古代史などに興味があるついでに、天気がいい暇な休日には栃木、群馬、茨城の町や村、田舎道を寄り道しながら長い距離を歩くのが趣味になっております。
ブログを拝見しまして思ったことは、茨城のこと石岡のことほとんど(全然)知らなかったのですが、神社とかお寺、古墳など、こんなところにこんな素晴らしい建造物があると感嘆したり、石岡はじめ茨城県の面白さや奥深さ、不思議さを感じさせていただきました。
山歩きはありますが、長い距離の田舎歩き、里歩き、街歩きはあまり聞きません。
最初、中学校の頃感銘を受けた、足尾鉱毒事件の田中正造翁のことを思い出してまず館林から佐野へ、別の日に佐野から足利、また太田へ、足利から桐生へ、桐生から前橋へ(これが長かった)と道をつなぎながら。その後、佐野から渡良瀬遊水池へ(そこから筑波山が見えたので目指そうと・・・)、渡良瀬遊水池から小山へ、小山から下館へ、下館から筑波山のふもとへ、そして先日やっと北条から石岡まで歩きました。
夕方から雨になって雨宿りしていたところ、見るに見かねた焼き芋屋さんのおばさんが傘を貸してくれたおかげで(53号線の常磐自動車道のあたりを石岡方面に少し歩いたお店です)夕暮れの小雨の石岡にたどり着きました。
歩いていると街角情報センターがあったので入って、「ふるさと”風”」を見つけたので(もしかしてこれかなと)一部頂きました。
先週、土曜日は石岡から、舟塚山古墳や高浜神社を通って、玉里、玉造、そして霞ヶ浦大橋を渡って、時間がなかったので一路、土浦へ。12時間歩きっぱなしでした(笑)。白鳥がいましたしキジもいました(野生のキジは初めてみました)。
いつも行き当たりばったりですが、玉造町の万福寺とか、なんでこんなところに(失礼)こんな立派な建造物が?とブログをみていて思ったことを改めて感じました。
高校時代長距離走を少しやっていたこともあって、長い距離を歩く自信は少しありますが、実態はただのくたびれてきた55歳のおっさんです。
仕事が暇な天気の良い日に、次は玉造から潮来まで行こうかと考えています。
夏にはブログにあったダイダラボッチの里を訪ねてみるのが楽しみです。改めて石岡の街も。
今日の記事は興味深いものでした。造営した人が「クズ?」で始まる名前で最上位の「真人」がついていたりとか、12年ごとに遷座祭があったりとか・・・。
ブログ大変でしょうが、もっとこんな見方があるのかとか教えていただきたく思います。
数日おきの更新でも結構です(笑)。
今後ともよろしくお願いいたします。
Re: いつもありがとうございます。
Yozo 様

コメントというよりすてみなお便りですね。
とてもうれしく思います。
このように拙いブログも続けていてよかったと思いました。
ありがたいことです。

それにしてもよく歩かれているんですね。

> ブログを拝見しまして思ったことは、茨城のこと石岡のことほとんど(全然)知らなかったのですが、神社とかお寺、古墳など、こんなところにこんな素晴らしい建造物があると感嘆したり、石岡はじめ茨城県の面白さや奥深さ、不思議さを感じさせていただきました。

このように感じていただいていることはうれしいことです。
この何もないような地域に眠っている歴史などがとても多いし、知らないことが多くていつの間にかこのようなブログスタイルになってしまいました。

古くからの歴史が長いほど掘る穴が深くなってもまだその下に知らないことが眠っています。
でもそれが今そこに暮らす人に引き継がれていないとも感じます。
これは私がよそ者だからだとも思いますがよそ者の方が感じることも多い気がします。

最近はテレビの旅番組の影響で歩かれる方も増えているようですね。
でも感じることは人それぞれでもう少し知らせてあげたいななどと勝手に思うのですが感じ方は違ってもそれでよいと思うようになりました。


> 仕事が暇な天気の良い日に、次は玉造から潮来まで行こうかと考えています。
> 夏にはブログにあったダイダラボッチの里を訪ねてみるのが楽しみです。改めて石岡の街も。

ありがとうございます。ぜひ歩いてみてくださいね。

> 今日の記事は興味深いものでした。造営した人が「クズ?」で始まる名前で最上位の「真人」がついていたりとか、12年ごとに遷座祭があったりとか・・・。

私より感じることが多いようです。歴史も深く読まれているのでしょうね。

> ブログ大変でしょうが、もっとこんな見方があるのかとか教えていただきたく思います。
> 数日おきの更新でも結構です(笑)。
> 今後ともよろしくお願いいたします。

こちらこそこれからも時々なにかコメントいただければ嬉しいです。
続ける励みになります。

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