一つのことからいろいろなことがつながって見える

 栗又四ケ(くりまたしか) なんてすごい名前だ。

ここに鹿島鉄道の駅があった時の駅名は「四箇村(しかむら)駅」だった。
これは昔に4つの村が合併してできた名前だと思う。

こうなると名前のいわれを知りたくなるね。

こうしてこの名前を調べだす。
するとそこに昔からの歴史の流れが見えてくる。

そして戦国時代にさかのぼり、このあたりに栗又氏(栗又左近政清)という大掾氏(だいじょうし)の部下のいたことがわかる。

栗又左近政清は小川との境にある取手山館で戦国時代末期に小川の園部氏や佐竹氏と争い鉄砲まで使っていたようだ。
また取手山館に出入りするのにはトンネルを掘っていたこともわかった。

そんなことが自然と私の興味の対象として加わるのです。

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この仁王像は江戸時代だが、霞ケ浦にこの大きな石の仁王像を載せた帆を張った高瀬舟が進んでいる姿も浮かぶ。
何とも壮大だ。

この像のことは「いしおか百物語」に書かれている。

小美玉・行方地区 | コメント(2) | トラックバック(0) | 2016/07/11 22:10
コメント
私もどんな人がここにこんな仁王像を持ってきたのだろうっていつも思ってました。

地名も珍しいのも勉強になりました。

私もこういうことに思いをはせるのは
好きなんでいつも楽しませて
いただいております(*^^*)

今度は石岡そだちと一緒に寄れたら
と思います。暑いのでいろいろと
お忙しいかと思いますが
お身体お大事にされてくださいね。
たいここ様
この仁王様をご存じなのですね。

あまり知られていませんよね。
石造りの仁王像はこのあたりでは大変珍しいようです。
これだけの大きなものを舟で運んだようなので当時の高浜や高崎の湊の繁盛ぶりも見えてきますね。

> 今度は石岡そだちと一緒に寄れたら
> と思います。

ありがとうございます頑張っていますのでぜひ応援よろしくお願いします。

 

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