梶和崎のダイダラボッチ

 石岡市井関地区で毎年8月に飾られているダイダラボッチ(大人形)の最後です。
梶和崎地区の道の曲がり角に飾られます。

代田地区からそのまま道を真っ直ぐに進んだところにありますので比較的わかりやすいです。

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この地区だけが8月の第一日曜に飾るそうです。
残りの3か所は8月16日です。

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顔の表情はまた違っていますね。
この表情を昔と比べてみると、表情は似ているのですが、前は白黒のみだったようです。
いつからか赤や青色も使われてきたようです。


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やはり飾ってから10日ほど経つと、葉はだいぶ茶色く変色します。

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藁で作る人形は韓国にもあるそうで、また道祖神などとして飾られたりする地域もあるようです。
魔よけの風習がどこもあるようです。

近くでは鹿島様と呼ばれる大人形が千葉から新潟や秋田などへ伝わって広がっていますが、このように青々した杉の葉を使った毛むくらじゃのムックのような人形はここだけではないかと思います。

また、この井関地区では他に「八木地区」「御前山」地区でも作っていたそうです。
しかし江戸時代に常陸太田の方から持ってきたという立派なお寺「盛賢寺」のある地域では仁王様がいるので人形は作ってこなかったともいわれているようです。

40~50年前頃に一度人形つくりをやめたことがあったようですが、偶然かどうかはわかりませんが不幸が続いたので復活したとも言われています。

説明では江戸時代の天明の大飢饉の時に村を守るために考えられたようです。

関東から東北などは大変な冷害で大飢饉となった過去最大級の飢饉です。

「寒さの夏はおろおろ歩き・・・・」といった冷害は時々あったようですが、天明の飢饉では餓死者が2万人以上で、人肉を食う者まで現れたと記録にあるほどです。

この大人形を見て、昔の人の苦労も想像してみたいですね。


ダイダラボッチの里 | コメント(2) | トラックバック(0) | 2016/08/19 19:55
コメント
ところで変わる伝承
 武蔵では、ダイダラボッチはたいていが、背中いっぱいに大岩や丘陵を担いで、ヨッシャヨッシャと歩いてきます。
 どこかで踏ん張った跡が井戸や池に、背中の荷を降ろしたところが山や丘陵になります。
 でも、その容貌がはっきりしないのですが、御地の姿を拝見して、がってんしました。貴重な画像有り難うございます。
 
Re: ところで変わる伝承
こんにちは。 野火止用水さん?

ご無沙汰です。ダイダラボッチ伝説は日本全国にありますね。
常陸国にも風土記にもでてきます。水戸の大串貝塚に大きなモニュメントができています。
ここの井関のものは大人形と地元の人はいうのですが、代田地区のものが特に目立つのでよそ者はダイダラボッチと呼びます。
また同じように窪みがダイダラボッチが富士山と筑波山を天秤棒で担いで重さ比べをしたときにできた足跡といわれています。
実際は砂鉄製鉄の跡ではないかとみられています。
さらに水戸の古墳公園近くに大足(おおだら)というところも大男の足跡だともいわれ、石岡にも大足という地名があります。
おもしろいですね。

またご連絡ください。情報多謝。

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