相鹿の里(4)-八幡神社

 常陸国風土記では行方でヤマトタケルはお妃である弟橘姫に再会している。
でも古事記では弟橘姫は走水から上総国へ渡るときに波を鎮めるために入水して死んだとされている。
その形見の品が流れ着いた場所として「袖ヶ浦」や櫛を祀った橘樹神社などがある。

また、常陸国にも行方の羽生の浜に笄(こうがい)が流れ着き、羽をはやしてとんだ?(鳥がはこんだ?)などと言われて橘郷造神社がある。

では常陸国風土記は、なぜここで再開させたのか?
おそらく地名の説明で「あふか」の邑に言い伝えられた伝説のようなものを採用したのかもしれない。

あまりこの北浦の中間ほどのこの場所は普通は通らないのであまり紹介されていないようだ。

今日は、この中世に相賀城のあった場所の麓「根小屋」にある神社を紹介しておきます。

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根小屋の集落近くの山の上に「八幡神社」が祀られている。

相賀城跡はこの山ではなく、さらに先の裏の山です。

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階段を上って上に行きます。
比較的よく整備されています。

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比較的広い場所に神社が建てられています。

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神社の創建は不詳だとのこと。
八幡神社と名前が付いたのは鎌倉時代か?

江戸時代初期に隣の龍翔寺の住職が整備再建したという。

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眺めも良い。
本来ならここに城があってもおかしくないが・・・・。
砦でも置かれていたのだろうか。

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神社本殿。

麻生 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2016/12/01 23:02
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