中山開拓

 石岡の八郷地区辻のイチゴ団地の交差点から真っ直ぐ筑波山に向かって、菖蒲沢、小野越、仏生寺などと進み、その先に中山地区がある。

この中山地区から少し上った上の台地に中山開拓地があった。

戦後、満州からの引き上げ者に国の土地を提供して(貸して)開拓したところだそうだ。

茨城県の内原などには満州開拓団を一時的に訓練して送り出す施設もあった。
しかし、希望あふれる土地などとはまったくの絵空事で、現地での待遇もかなりひどいものだったようだ。

敗戦時も日本に帰るにも多大の苦労をしたようだ。

そして満州からの帰還者を受け入れる場所としてこの山の中腹の土地が与えられた。
最初は10組くらいが入植したようだが、最後までここを開拓し、お茶畑を耕作し、成功したのは「細野さん」だけだった、。

現在、細野さんが亡くなり、市に土地が寄贈されたが、そのまま数年放置され、家も傷むし、畑は篠竹が生い茂り、かなり荒れてしまった。

これを有志がボランティアで集まり整備し、小屋の修復まで行っているという。

その時に、家の中から細野さんが附けていた日記や、地図、国有地の借用証などが出てきた。

それを先日預かっていたが、日記も入植当時のものではなく、少し落ち着いてからの者のようだが、細かな字でびっしり書かれた数年にわたる貴重なものであった。

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これからこの地がどのように市として活用できるのか、今泉市長さんも前に中山開拓にはかなり思い入れがあるようであり、おばあさんがお元気な時に何度も訪れていたようです。

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八郷地区 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2016/12/18 23:09
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