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大生古墳群(3)-大生殿神社

 本記事は2016年の年末に書きかけでお蔵入りしていたものです。
まあ、せっかく写真も入れて記事を書こうとしていたのでカテゴリの続きでもあるので残しておきます。

そのまままでの記事は

 大生古墳群(1)鹿見塚古墳・・・こちら
 大生古墳群(2)子子舞塚古墳・・・こちら

「大生」は「おおう」と読みます。
常総市にある大生郷天満宮の方は「おおのごう」です。

潮来市の大生(おおう)は古代の古墳群があり、元鹿島ともいわれる「大生神社(おおうじんじゃ)」があります。

この大生殿(おおうでん)神社は大生神社の南500mほどにあるモータスポーツパークの東隣にあります。
造られたのは比較的新しいのですが、古墳の上に建てられています。

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冬でしたので神社への道にはこのような雑木林の落ち葉の道を進みます。

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少し広々とした広場に神社がありました。
奥の小山の上が拝殿です。

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上の写真にある石碑は明治2年に本堂後方に建てられた石碑が古くなったために最近になって本殿、拝殿を改築したときに建てなおしたものだという。

神社の創建は大生神社などに比べると比較的新しく、慶長19年(1614)にこの地の大生弾正平定守が大坂の陣に出陣して藤枝(静岡)で病死したので、これを領民がここに神社を建立して祀ったものだという。

珍しいですね。
このころの領主を祭神として祀るということはあまりありません。


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龍の彫り物も目を引きます。

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まさしく古墳の上に建てられているようです。

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大生(おおう)部落は日本の古代民族の「多氏」「大氏」がこの地に最初に進出したときに部落を形成したと考えられるのではないかと思われます。

常陸風土記に書かれている浮島側からこの潮来の地に進出した大和朝廷が、この地で九州の歌を歌い、部族民らを誘い出して皆殺しにした(イタク殺した=イタコ)はこの大氏の民族と考えられます。
そしてこの地に住みついたのでしょう。

潮来 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2019/09/18 08:50
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